<3>



 ようやく雪が収まり、エメラルドの戴冠準備ももうすっかり整っていた。
 朝、目覚めてみると、抜けるような蒼い空が白い世界を覆っていた。
 ―――ついに行ってしまうのか。
 ジタンは窓に寄りかかって、呟いた。
 彼女の記憶が空へ還る日。
 閉じた瞼の裏で、彼女は花のように微笑んだ。
  『待ってるから』
 と言って―――。



***



 ―――その夜。
 守備兵は小さな呻き声を聞いた気がして、顔を上げた。
 空耳だろうか?
 扉をノックする。
「ジタン様―――」
 返事がない。
 お休みになったのだろうか?
「ジタン様?」
 彼女ははっとして、廊下の向こう、エメラルドの部屋へ走った。
「エメラルド様!」
 激しいノックの音に、エメラルドは扉を開けた。
「どうしたの?」
「その、ジタン様が―――」
 彼女が青ざめる前に、隣の部屋からダイアンが飛び出してきた。
 一瞬、姉に目配せすると、すぐに父親の部屋へ向かう。
「サフィーを呼んで」
 エメラルドは短く命じると、その後を追った。


 ダイアンは扉を叩いて父を呼んでいた。
「父上!」
 返事がない。
「ダイアン……」
 不安げな姉の声に押され、ダイアンは扉を開いた。
「―――失礼します、父上」
 サファイアが駆け寄ってどうしたのかと尋ねた。
 それには答えず、ダイアンは部屋の中へ滑り込む。
 一緒に入ろうとした妹を押しとどめて。
 寝台に歩み寄り、身を屈めた。
「……父上」
 まるで眠っているようだった。
 ―――でも、そうではなかった。
 ダイアンは確かめるようにその手首に触れ、次に目を閉じて頭を振った。
「お兄さま……?」
 サファイアが恐る恐る呼び掛けると、ダイアンは目を開けた。
「―――亡くなってる」
 途端に、サファイアはわっと泣き崩れた。
「う、嘘でしょう?」
 と、エメラルドは震えた声で問うたが。
 ダイアンは、父親の手が握り締めていたガラスの小瓶をそっと取り上げた。

 そうなのだ。
 わかっていたことなのだ。
 もし、父がもっと悲しそうな様子なら、もしかしたら大丈夫だったのかも知れないけれど。
 彼を知る人はみな、気がかりに思っていた。
 傷ついたらその分、明るく振る舞う人だったから。
 平気な素振りをする人だったから―――

「……エメラルド様」
 後ろに控えていた守備兵が、居たたまれない表情で呼び掛ける。
 彼女は振り向いた。
「―――病で亡くなったと、伝えてください」
 守備兵は慌てて、内務大臣のもとへ走り去った。
 小さく息をつくと、泣き崩れた妹を抱えて部屋に入り、扉を閉めた。
 そして、その時。
 エメラルドは部屋のテーブルに走り書きが置かれているのを見た。


「オレたちは思うように生きた。お前たちも、思うように生きなさい」


 たった一行、そう書いてあった。
 その瞬間、堪えていた嗚咽が溢れ出し、エメラルドはその場にくずおれた。



***



 ふと、母親の歌声が聞こえた気がして、サファイアは目を見開いた。
 俯いていた顔を上げ、辺りを見る。
 黒い服の集団。悲しそうな顔、顔、顔。
 みな、父が大好きだった。
 サファイアは辛くなってまた顔を伏せようとして。
 ―――やっぱり聞こえる。
 あの歌だ。
「あ……」
 隣に立っていたダイアンが、小さな驚きの声を上げた。
 その目線の先を追う。
 淡い青い光を纏った母の姿が見えるような気がした。
 ―――お母さま?
 母は歌っていた。
 いつも歌ってくれた、マダイン・サリの歌。
  『この歌はね、わたしとお父さまの歌なの』
 と言っていた歌。


 わたしたちが死んでしまっても
 あなたたちが生きている限り
 命は続いていく――――永遠に……


 母はそんな風に歌った。
 そして。


 ジタン―――!


 最愛の人の名を呼ぶ。
 父の墓石の辺りに、赤い光が湧いた。


 やぁ、待たせたかい?

 もう、仕方のない人ね。


 母は、父の手を取る。


 行きましょう、ジタン。あの子たちは大丈夫。あの子たちが生きている限り、命は続いて行くわ。

 ……ああ、そうだな。



 にっこりと微笑み合うと、二つの影は寄り添うように空へ昇って、やがて風に混じっていった。
 姉弟は、その様子を驚愕の表情で見送った。
「―――行ってしまわれたのね」
 エメラルドが小さく呟いた。
「きっと、永遠に一緒だわ」
 サファイアが囁くと、ダイアンも頷いた。



***



 1832年3月。まるで妻の後を追うように、ジタン・トライバルはこの世を去った。
 同年同月、先女王の長子、エメラルド・サラ・アレクサンドロス18世が戴冠。
 ―――その後、あの大戦で共に戦った八英雄たちは、一人、また一人と世を去り。
 二つの星の申し子たちが魂をクリスタルに返す日を待ちかまえていたかのように、世界は再び混沌の時代を迎えようとしていた。


 リンドブルムの民衆運動が盛んになりつつあり、波及を警戒したアレクサンドリア貴族はすぐさま、国防の策を取った。
 すなわち、身分制度の見直しである。
 平民と貴族の間には再び深い溝ができ、アレクサンドリアは半鎖国の状態となった。
 リンドブルムでは貴族追放の志気が高まり、国は混乱に呑まれていった。


 そして、世界を覆うモンスターの影はますます濃くなりつつあった。



 しかし、どんな闇の時代でも、希望という名の光が消えることはなく―――


 1833年9月。位を捨て、リンドブルムで結婚したサファイアが男児を出産。
 金髪に青い瞳のその子に、彼女は彼女の父の名を付けた。母親に似た、猿のようなシッポの生えた子だった。
 1834年1月。アレクサンドリア女王エメラルドに第二子となる姫君が誕生。
 その子は祖母の名をもらい、ガーネットと名付けられた。


 この、まるで生まれ変わりのような二人が新たな歴史を紡ぎ始めるのは――――そう。あの、偶然なる運命の出会いから数えて、ちょうど五十年後。

 1850年のこととなる。





-Fin-



ということで、ずっとお蔵入りしていた超問題作でございました・・・(滝汗)
気分を害された方は申し訳ございませんでしたm(_ _)m
私の中では究極のジタガネです・・・って、究極すぎ(^^;)
いやね、3世の話を書きたいな〜、と思った時点で
二人には空へ還って頂くことに決まっていましてね・・・。
どうしても、生まれ変わって欲しかったので、3世。
この小説、実はサイトを立ち上げたころにはもう完成していたいわく付き・・・(汗)
そのころすでに二人を殺害(爆)していた私って、鬼畜かもしれません・・・(;;)

この後、生まれ変わりの3世たちがそれぞれの故郷を旅立ち、
それぞれの生い立ちを知ることになります。
50年前の祖父母たちがどんな冒険をして、どんな戦いをくぐったかも。
ジタンとガーネットはどうしても生まれ変わりにしたくて、
しかも誕生月まで合わせたかったので仕方ないにしても、
計算していなかったのに3世の出会いは50年後ピッタリになってます(^^;)
運命ですね〜、ええ。偶然です(激何)
3世のストーリーも少しだけ書き進んでいるので、近々アップの予定です。
ご興味のおありな方は、どうぞご覧いただければと思います・・・。

2003.4.22




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