<2>


 さてさて、数日後のリンドブルム劇場街。タンタラスのアジト。
 ほうきを片手に怒っているのは、毎度お馴染みルビィ姉さんだ。
「ちょっと、なんやの、あれ。めちゃくちゃ邪魔やんか」
「バンスってば、アレクサンドリアから帰ってきてからずっとああなんだよ、ルビィちゃん」
「なんかあったんか?」
 彼女の隣ではたきをかけていたルシェラは首を傾げた。
「別に気付かなかったけど」
「な〜んやろ、あのウザイ感じ。前にもどっかで……」
 ルビィは心当たりでもあるのか、腕組みして考える。
  それもそのはず、バンスは机に突っ伏したまま、さっきからむんずりとも動かないのだから。
 この光景ったらねぇ、あれでしょう。
「二日酔い?」
 いやいや、違うと思う。バンス君はまだ十四歳だよ。
「ん〜……。あ、わかった。拾い食いでもしたんちゃう?」
 おいおい。
「夏バテかな」
 この季節に?
「あれで、シッポがあれば完璧だよな」
 横から口を出したのはブランク。
「へ? あ、あ、そうや、そうやわ! ジタンや! なんやぁ、そっかぁ。スッキリした」
「……スッキリしてる場合かよ」
「ん? ……って、そ、そうや! ちょぉバンス! あんた一体誰に恋煩いなんぞしとるん?」
 バンスは相変わらずむんずりともせず。
「このルビィ様にシカトこくたぁ、バンス、ええ度胸しとるやんけぇ、えぇ?」
 鼻息を荒げるルビィ。ルシェラがそれを抑えて言う。
「ちょっとルビィちゃん、無駄だよぉ。もうず〜〜っとこうなんだから。ボスが言ったってダメなんだもん」
「そうなん? もぉ、ボスも甘やかしよるからなぁ……」
「……そういう問題かよ」
「なんやの、ブランク!」
「……なにも」
 いつも通りの会話も出たところで。マーカスとシナが走り込んできた。
「劇場艇の整備終わったずら」
「そら、ご苦労さん」
「あれ? ルビィ来てたっスか?」
「うちが来てたらあかんワケ?」
「そ、そんなこと言ってないっスよ……」
 マーカスはそそくさと逃げていった。
「バンス、まだあのまんまずらね」
「うん。どうしようね。粗大ゴミにでも出しちゃおうかな」
「……最近ルシェラはルビィに似てきたな」
「なんか言うた、ブランク!」
「うわぁ!」
 ルビィが持っていたほうきをぶんぶん振り回し始めたため、ブランクは緊急回避。
 アジトの中はギャアギャアと喧しくなり……。
「ヘッブション! こらぁ、おめぇら! いい歳こいて騒がしくするんじゃねぇ!」
 ボスのバクーが登場した。
「ルビィ、いつまで掃除ぶっこいてやがるんだ」
「そう言うたって、バンスがあそこでぼけぇっとしとるから」
「おい、バンス! いい加減にしやがれよ! こちとら暇じゃねぇんだ。惚れたの腫れたの言ってる暇はねえぞ!」
 しかして、そんなことでハイハイ言えるようなら、バンスはとっくに泥沼からは脱していたのだった。


「なぁ、ルシェラ」
「なぁに、ルビィちゃん」
 買い物に出た二人。市場を歩いていく。
「うちな、思たんやけど。バンスのあの様子じゃぁ、好きになった相手って、あんたやないやろ?」
「ん? それはそうだと思うけど」
「あんたはそれで悔しないのん?」
「どうして?」
 ルビィはウロウロと目線を泳がした。
「うちやったら、嫌やと思うから……。子供ん時から一緒に育ったのに、そいつが他の女の子見たりしたら、さ」
「それって……」
 ルシェラはルビィを見上げた。
「ブランクのこと?」
「へ?」
 ルビィは目を見開き、次に猛烈に慌てだした。
「な、何言うとるん! だ、だぁれが、あんな奴! 例えばの話や、例えばの!」
「……何の例えよ」
 ルシェラはちょっとうんざりした顔をした。
「いい加減、お互い素直になればいいのに」
「せ、せやからぁ! ……ああ、もう、今はうちのことはええねん。あんたのこと話とるの!」
「わたしは、別に。バンスが誰を好きでも構わないけど?」
「何で?」
「だって、バンスとわたしって、兄妹みたいなもんだもん。恋人とかそういう関係とは、無縁なんだよね。ルビィちゃんとブランクとは違うの」
「だ、だからぁ!」
 ルビィは自分で踏んだ地雷のわりに、一人しどろもどろになっていた。
「でも、あんまり思い詰めないといいけど……」
 ルシェラは小さく呟くのだった。


「で? それがオレに似てるの?」
「ま、そういうこと」
 こちらはアレクサンドリア。ブランクがジタンの元を訪れていた。
 で、「おいおい、お前は一応王様だろ! いいのかそれで!」な感じで、普通に酒場でたむろしているのだった。
「ここから帰ってからずっとそんな調子なんだよ。お前、なんか心当たりねぇか?」
「う〜ん、ないなぁ……」
「ま、お前はあの時は自分のことで精一杯だったからな。ハナから当てにはしてねぇけどよ」
「な……っ!」
 が、まぁ、図星なので何も言えないジタン。
「あ、でもそう言えば」
「何だ?」
「いやさ、全然関係ないとは思うけど。ダガーが言ってたんだよな。エーコの様子が変だったって」
「式の時か?」
「う〜ん、それがさ。そう思ったのが、何でももうお開きにしようって頃だったらしいんだ。気が付いたら部屋のどこにもエーコがいなくて、フライヤが探しに行ってくれたらしいんだよな」
「で?」
「や、別に。普通に風にでも当たりに行ってただけだったって、フライヤが。でも、それからダガーはなんか気にしてるんだよなぁ、エーコのこと」
「ふ〜ん」
 ブランクは頬杖をついたまま、気のなさそうな合いの手を入れる。
「ま、モテる男はツライってやつ?」
「おめぇ、バカ?」
 ジタンはくっくっと笑った。
「で、お前はどうなんだよ、ブランク。ルビィとは」
 この質問、ブランクはもうウンザリするほどされており、更に、どうと聞かれてどうと答える事実もないので、
「別に」
 ってな感じなのである。
「別に、ってお前さぁ……」
 ジタンは明らかにがっかりしたような素振りをした。
「俺はそんなこと聞かれるために来たんじゃねぇぜ」
「あ〜、はいはい。ま、何か気付いたらまた連絡するけどさ。そんなこと、周りがごちゃごちゃ言うもんでもないんじゃないか?」
「まぁな。でもよ、いつまでもシミッタレられると、こっちも迷惑なんだよな」
「げ、ひでぇ言い方」
「言っとくけどな、お前ほんっっとにウザかったんだぞ! 相思相愛さっさと出来ちまえばよかったんだよ!」
「な、うるせぇな! こっちはこっちで大変だったんだよ!」
 手近にあったコップを投げつけるジタン。
「あ、やったな!」
 ビュンビュンものが飛び交い出す。まぁ、よく見ると割れ物は避けているのだが。
 店の主人は困り果てた様子で、
「お客さん! ケンカなら外でやってくれよ〜!」
 斯くして、アレクサンドリア王家の歴史に新たな……汚点が残った(笑)

「もう、ジタンったら。どうしてこうなっちゃうのかしら」
 ガーネットは困り顔で、でもどこか楽しそうに彼を迎える。
 酒場で大騒ぎしすぎて、追い出されて帰ってきたのだ。
 一方、とってもしかめっ面なのはスタイナー。
「貴様は自分の立場がわかっておるのか! このようなことで姫さまに……」
「はいはい、オレが悪かったって。ごめんな、ダガー」
「程々にしてね、ジタン」
「姫さま! 程々とは何事でありますか! だいたいこの男は……」
「あ、スタイナー。ベアトリクスがさっきそこで呼んでたぜ」
 ジタンは五月蝿いスタイナーを追いやるために彼女の名をよく出すので、ベアトリクスにいい迷惑がられていた。
「そ、その手には……」
「いや、ホントに、マジで」
 ジタンは真面目な顔で言う。
 で、結局引っかかっちゃうスタイナー隊長。……おちゃめです。
「もう、ジタンったら。本当の時困るじゃない」
「本当の時も嘘の時も、あのおっさんはちゃんと行くだろ? 問題なし!」
 ニッと笑う。
「あ、そうだ。ブランクがさ、ダガーに聞きたいことがあるって言ってたんだ」
「何?」
「バンスって知ってるだろ?」
「ええ。タンタラスの男の子でしょ?」
「そうそう。で、そいつがさ。リンドブルムに帰ってから様子がおかしいって言うんだ」
「まぁ、どんな風に?」
「ブランクが言うには、オレがダガーのことで悩んでた時とそっくりなんだって」
 悪戯っぽく笑う。
 ガーネットはどう返答したものか、眉をひそめて小首をかしげた。
「うそうそ、冗談だって。そんなに悩んじゃいないってば」
 と言うと、ここぞとばかりにつややかな黒髪に触れる。
 んが。
「あ!」
 ガーネットは突然何か思いついたように顔を上げた。
「そうだわ。バンスだったのね、あれは……」
 せっかくいい雰囲気に持っていこうとしていたジタンはちょっとがっかり。
「おいおい、何の話だい?」
「あのね、フライヤがエーコを探しに行ったとき、どこかで見たことのある男の子と一緒だったって言ったの」
「それが、バンス?」
「だと思うわ、他に男の子なんていなかったもの……。でも、特に仲のいい雰囲気でもなかったし、たまたま一緒になっただけだろうって気にも留めてなかったみたい」
 ジタンは腕組みすると、難しい顔で目を閉じた。
「じゃぁ、あいつが恋した相手ってのは、もしかして……」




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