<4>


「で、何やの、あれは?」
「わからない。昨日帰ってきてからずぅぅっとあんな感じなんだけど」
 話しているのはルビィとルシェラ。
 話題の主は、ここ数日とまったく同じ場所でふにゃけているバンス君。
 勢い飛び出していったわりにすぐ帰ってきた彼は、所定の位置でまたまた伸びている。
 けど、何となく今までとは違う感じがするのは気のせいか。
「ほっとけよ」
 ブランクが気まずそうに言う。
 この様子からして、バンスが飛び出していったあともブランクとルビィは更に揉めたのだろう。
 ルビィは口を開いて何か言おうとしたが、取り止めてふんっと出ていった。
 それを見送り、とっても機嫌の悪そうなブランク。
 ルシェラがおずおずと声をかける。
「ねぇ、ブランク」
「何だよ」
「ルビィちゃんと、もっと仲良くできないの?」
「あいつが突っかかってくるんだろ?」
「それは、だって……。もう! ブランク何にもわかってないんだから!」
 と言うと、ルシェラもやっぱり出ていってしまった。
「……なんだ、ありゃ」
 ブランクは一人困り顔。そして、使いものにならない後輩に向かって、溜め息を一つついた。
「まったく。俺って苦労人か?」
「ヘッブシュ! 誰が苦労人だって?」
 いきなり、ボス登場。
「や、別に……」
「おめぇはよ、いらんところで気ぃ回しすぎなんだよ。もちっと気のきいたところで気ぃ回せってもんだ」
「は?」
「ほんっとにおめぇは、バカか?」
 ブランクはむっとする。
 その顔に、ぶっとい人差し指をぐいっと向けると、
「言っとくがな、俺ぁ全部お見通しだぜ。いいか、全部お見通しだからな。よく覚えとけ」
 と言い、いきなり、ボス退場。
「……なんだ、ありゃ?」
 さっきと同じ台詞を繰り返しているブランクであった。


 一方のアレクサンドリア。
「ダガー!!」
 白亜の聖城・アレクサンドリア城に、我らがエーコ嬢の声が響き渡っている。階段を駆け下りて迎えたのは、ガーネットだ。
「エーコ! 本当に遊びに来てくれたのね」
「もっちろん! あれ? ジタンは?」
「あ、リンドブルムに出かけたのよ、それが」
「え〜〜! じゃぁ、すれ違い?」
「そうね……」
 苦笑いを浮かべるガーネット。
「でも、ダガーに会いに来たんだもの、いいのだわ。今日は女同士で語り明かそうじゃぁないの!」
 息巻くエーコに笑みを浮かべるガーネット。
 そこで、ふとあることに思い至った。
「そうだわ、エーコ。わたしもあなたに聞きたいことがあるの」
「ん? なぁに?」
「うん、それはまた後にしましょ。さ、お茶の用意して待ってたの」
 さすがにガーネットだけあって、単刀直入に尋ねたりはしない。
 許婚がおり、シド大公の秘蔵っ子であるエーコ。
 おいそれと、人目のあるところで「あなたを好きな人がいるのよ」とは言えない。

 リンドブルムに降り立ったジタンは、劇場街まで真っ直ぐ赴き、アジトを覗いた。
 そこにいるのは、剣の手入れをしているブランクと、なるほど、あのころの自分にそっくりな感じでしょぼくれているバンス。二人だけだ。
「よっ!」
 ジタンは顔を上げたブランクに、軽く挨拶した。
「なんだ、お前か」
「どうだ、あいつ」
 ジタンはバンスのほうを向く。
「さぁ、どうも何もな。俺にはよくわかんねぇよ」
 ブランクは不機嫌そうに、剣の手入れを再開した。
「?」
 ……えらく機嫌が悪そうだな。
 こういう時の彼は放っておくに限るので、ジタンはバンスに声をかけることにした。
「よぉ、バンス。元気か?」
 ま、元気なわけはないけど。
 彼が突っ伏している隣に腰掛ける。
「なぁ、お前さ。エーコに惚れちゃったんだって?」
 言うなり、バンスはキッと顔を上げた。
「そんなんじゃない!」
 ジタンは少し驚いた顔をして、すぐにニヤリと笑った。
「へぇ、じゃぁ、どんなんなんだ?」
 不意打ちの質問に困ったバンスは目線を泳がせ、やがて床をじっと見た。
「……どんなって、言われても、自分でもよくわからないけど」
「ふぅん」
「ジタン。おれ、どうしたらいいと思う?」
 バンスはすがりつくような目でジタンを見た。
「もうずっと、どうしたらって、どうすればって、そればっかり考えてるんだ。だって、こんなのきっと迷惑だし、彼女は大公の娘で、身分だって違うし……」
 言っているうちに目線がまた床へと向かう。
 ジタンは何にも言わずに黙っているだけ。
「うんん、身分とかの前に、迷惑だよね、やっぱり。わかってる、わかってるんだ。でも、やっぱり考えちゃって、苦しくて、辛くて……」
 アジトに静寂が降る。
 いつの間にか、剣の手入れの手を止め、ブランクも彼の話を聞いていた。
「でも、諦められない」
 バンスは、ポツリと呟いた。
「じゃ、頑張るしかないな」
 ジタンは途端に明るい声で言うと、バンスの肩をぽんと叩いた。
「え?」
「諦めたくないんだろ? タンタラスのオキテだぜ。『一度手に入れると決めた宝は、どんな状況におちいっても必ず手に入れる』ってさ。ま、これ、オレがダガーのこと諦めようかと思ったとき、ボスが言った言葉の、ウケウリだけどな」
 ジタンは、へへっ、と笑った。
「大丈夫だって! オレ見てみろよ。ちゃんと宝、手に入れただろ? 前例があるんだ、大丈夫、お前もうまくいくって!」
「その脈略のない励まし方、やめろよな」
 ブランクが口を挟んだ。
「何だよ。お前なんて、欲しい宝がどれかもわかってねぇクセに」
 ぴょんと一っ飛び、ブランクの鼻に向かって指を突きつけ、ジタンはニヤリと悪そうに笑って言った。
「へ?」
「のんびりしてると、横から奪われちまうぜ?」
「おれも、そう思う」
 バンスが肯くと、ブランクは途端に怒りを振り撒きだした。
「何なんだよ、お前らぁ!」
「あれ? まだわかんないのか、こいつ?」
 ジタンは困ったもんだと笑いながら、バンスに尋ねる。
 バンスも笑いながら頷いた。
「うん。ルシェラがまどろっこしがってた」
 ジタンは途端にブッと噴き出した。
「ブランク、バッカじゃねぇの!」
 その後、二人がまたまた大騒ぎし、バクーの鉄拳が飛んだのは言うまでもない。


 再び、アレクサンドリア。
 ガーネットの部屋で、「女同士語り明かし」ている二人の姫君はと言うと。
「でね、その時お父さんったら、『エーコは嫁にやらん!』とか言うんだよ。困っちゃった。お母さんが宥め賺して、やっとお話が決まったの」
 ガーネットはクスクス笑った。
「シドおじさま、あなたのこと本当に愛してらっしゃるものね、無理ないわ」
「ん〜。でもね、やっぱり婚約っていうのは早いような気がするのよね」
 エーコは窓の外に目をやった。
 暗い空に、二つの月が浮かぶ。
「やっぱり、エーコは『運命の出会い』を信じたいのだわ。ジタンとダガーみたいな」
 ガーネットは二、三度瞬きをし、そして小さく息を吐いた。
「運命ってほどじゃないけど、わたしたち」
「そんなことないのだわ。エーコより、よっぽど運命な感じなのだわ」
 エーコははしゃいだように言う。
「そうかなぁ。意外とね、自分ではわからないものだと思うのよ、そういう出会いって。わたしだって初めてジタンに会った時は、失礼な人だって思ったし、ちっとも運命って感じじゃなかったもの」
「ふ〜ん、そうなの」
 エーコはがっかりしたように言う。
「じゃぁ、お父さんに連れられて泣きべそかいてる男の子が、エーコの運命なのかしら。つまんないなぁ」
「あ、でも」
 ガーネットは小さく呟いた。
「なぁに、ダガー?」
 ガーネットははっとして顔を赤らめた。
「な、なんでもない!」
「なぁに、気になる〜!」
「なんでもないったら!」
「嘘! ダガー嘘つくと真っ赤になっちゃうから、バレバレだも〜ん!」
「もう、エーコ!」
「何? ジタンのこと? そうでしょ!」
「え……?」
「言って言って! なぁに?」
 ガーネットはコホン、と小さく咳をした。
「そのね。ジタンと初めて会った時、なぜか、この人なら信頼できるって思ったの。旅をしている間も、その信頼感って揺るがなかったな、って思って。だから……」
 ガーネットは更に頬を赤く染めて俯いた。
「信頼できるって思うことが、運命なのかな、って思ったの! はい、終わり!」
 ガーネットは、照れ隠しにクッションを一つエーコに投げる。
「きゃ! ちょっとぉ、ダガー! やったわね!」
 二人はクッションを投げ合い、笑い声を立てた。
「あ、そういえば! ダガーなにかエーコに聞きたいことがあるって言ってなかった?」
「え?」
 ダガーは投げようとしていたクッションを膝に降ろし、首を傾げた。
「ああ、そうだったわ!」
「なぁに?」
 エーコはあどけなさの残る瞳でガーネットを見上げた。
 その瞬間。
 ガーネットは、聞けない、と思った。
 なんて聞くつもりだったのだろう?
 「タンタラスのバンスをどう思う?」
 「あなたを好きって人がいるのよ、誰だと思う?」
 「ねぇ、エーコ。最近恋をしなかった?」
 この麗しい少女には、全ての言葉がなにか空虚なように思える。
「どうしたの、ダガー?」
 エーコは純真な目を輝かせ、何を聞かれるのか期待している。
「そ、その、ね。最近、エーコ元気かな、と思って」
「え?」
 エーコは意外そうな顔をする。
「元気に決まってるじゃない。どうして?」
「え? えっと……、なんとなくよ。ただ、聞いてみたかっただけ」
「そう」
 エーコは立ち上がり、窓の方へ歩いていった。
「じゃぁ、ダガー知ってるのね」
「え? 何を?」
 ガーネットが心底知らない風に言ったので、エーコは言葉を飲み込んだ。
「ん? うんん、何でもないよ。あ、ねぇ、ダガー! ジタンとの新婚生活はどうなの、ねぇ!」
「え、ええ!?」
 エーコは赤面するガーネットに一晩詰問し、満足して帰っていった。
 と、誰もが思っていたのだが。


 彼女は、行方をくらました。
 次の日、リンドブルムに彼女は帰らなかった。
 お付きの者の目を騙し、姿を消してしまったのだ。
 血相を変えたシド大公がタンタラスのアジトにやってきた時、既に日が沈みかけていた。
「おいおい、おっさん。何でこんなところに……」
 ちょうど留守番していたジタンがびっくりしているのも構わず、というより、彼がここにいることに驚くのさえも忘れ、シド大公は早口でまくし立てた。
「エーコが帰らんのだ! 今日の朝にはアレクサンドリアを出たはずであるのに! 従者を捲いて、どこかへ姿をくらませてしまったのだ!」
「え?」
 朝出発すれば、昼には着いているはず。
 とすれば、どこか他へ行ったことになる。
 一体、どこへ?
「もしものことがあったら! ああ、エーコ……!」
「ちょっと落ち着けって。……たぶん、あそこじゃないかな」
 ジタンは考えをめぐらせた。
「うん、たぶん、マダイン・サリ……、いや、黒魔道士の村ってこともあるかな。とにかく、飛空艇出そうぜ、おっさん!」
「どうしたの、ジタン?」
 騒ぎに気づいたルシェラが部屋から駆け出してきた。
「お、ちょうどよかった。エーコがいなくなったらしいんだ。これから心当たり探してみるから、ボスたちによろしく言ってくれよ。たぶん、外側の大陸に行ってると思う」
「うん、わかった。気をつけてね」
 ジタンは片手を上げ、出て行った。

 ほどなく、タンタラスのメンツが芝居の練習から帰宅。
 ルシェラがジタンの言付けを伝えると、ブランクたちは飛び出していった。
 が、なぜか、バンスだけ残っている。
「外側の、大陸……?」
「うん、そう言ったよ。バンス? 行かないの?」
「マダイン・サリ?」
「たぶんそうや。そうでなかったらビビんとこやろ」
 ルビィが言う。
 すると。
「……違う」
「え?」
「……あそこだ!」
 バンスも飛び出していき、後に残ったルビィとルシェラは顔を見合わせた。
 バクーだけが、なぜか豪快に笑っていた。




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