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 ジタン・トライバルの国葬は、あの戦いから七ヶ月後に行われた。
 彼を良く知る面々、多少の付き合いのあった人々、あまりよく知らないリンドブルム以外の国民たちも、彼のために涙を流し、その魂の安らかな眠りを祈った。
 しかし、葬儀の場にガーネットの姿はなかった。
 大公の元には、正式には「体調が優れぬゆえ」と知らされていたが、もう一通、彼女自身からの手紙も届いていた。
「シドおじさま。私は、今でもまだ信じられなくて、でもやはり本当なのだと頭ではわかっていて、その間で揺れ続けています。私はきっと平生ではいられなくなってしまう。そうなれば、たくさんの方にご迷惑をおかけしましょう。そして何より恐いのは、私の心の中でさえ、あの人が死んでしまうことです。失礼なのは充分わかっていますが、どうしても出席するわけにはいかないのです。どうぞお許しください」
 シド大公は深い溜め息を漏らした。
 世界のために失った若い命にどうしても報いたかった。
 しかし、どうしても自分の価値観や範疇の中でしか行動できない。
 このことを知ったら、彼はこう言ったことだろう。
「国葬? 冗談じゃないぜ。勘弁してくれよ、おっさん。オレは名誉だの栄誉だののために戦った訳じゃないんだ」
 ならば、かの男は何のために戦ったのか?


 アレクサンドリアにはその翌日、正式な書簡が届いた。
「前の戦役で命を落としたジタン・トライバルを国葬に祀り、戦役埋没者として協同慰霊にて慰む。また、リンドブルム国の名誉将校として、永くその名を栄誉に刻む」


「ボクね、やっぱりジタンはすごかったと思うよ」
 ビビはぽつりと言った。
 彼は、ガーネット同様葬儀に出席せず、アレクサンドリアに来ていた。
「ボクたちみんな、あの戦いは誰のせいでもないって思ってたけど、やっぱり心のどこかで、クジャのことを許せなかったと思うんだ。でも、ジタンは許したんだよ。最後の最後で、クジャの運命ごと、許したんだ」
 ビビは悲しそうに頭を振った。
「ジタンは、『自分もああなっていたかもしれない』って言ったけど、ボクはそう思わない。ジタンは、ボクにいろんなこと教えてくれたけど、ボクの見るジタンはいつも強かった。ボクに強さを教えてくれた人なんだ。だから、ずっと覚えていたい。ジタンが教えてくれたこと」
 ガーネットは静かに泣きながら、ビビの話に黙って頷いた。
「でもね、おねえちゃん。おねえちゃんがいつまでも悲しんでいると、ジタンも悲しいと思うんだ。ジタンは、おねえちゃんを悲しませるためにクジャを助けにいったんじゃないって思うよ、ボク」
 黒魔道士の少年は真正直だった。今までだれも言わなかった、言えなかったことを、素直に話した。
「そうね、ビビ」
 ガーネットは悲しそうに微笑むと、涙を拭った。
「おとうさ〜ん!」
 ビビにそっくりの黒魔道士たちがわっと部屋に駆け込んできた。
「ダメだよ、走ったりしちゃ。ここはお城なんだから」
「は〜い」
「ねぇねぇ、ダガーのおねえちゃん」
 一人の黒魔道士の子が、ガーネットを無邪気に見つめた。
「なぁに?」
「お城って、何のためにあるの?」
 ガーネットは首を傾げた。
「そうね、国を守るためにあるのよ」
「国って、何?」
「こら、ダガーおねえちゃんは疲れているんだから、質問責めにしちゃダメだよ」
 ビビが注意する。
「いいのよ、ビビ。そうね、国っていうのは、たくさんの人が集まっている所よ」
「村もいっぱい人がいるよ」
「ええ。でも、国にはもっとたくさん、いろんな人が集まっているの。考え方や生き方の違う人たちがたくさん。だから、その人たちを守る仕組みが必要なのよ」
「ふ〜ん」
 無邪気な子供たちは、一様によくわからないという顔をしていた。
 ビビまでも、それに近い表情をしていたので、思わずガーネットは笑った。
 廊下で控えていたスタイナーはガーネットの言葉に感心して頷いていたが、その笑い声にはっとした。
 あれ以来、初めて彼女は笑った。

***

「あれ、姫さん。もう起きてええの?」
 その不思議な言葉遣いに、ガーネットは顔を上げた。
 アレクサンドリアの庭園は今は荒れていたが、荒れ果ててまではおらず、寒さに耐えて色とりどりの花が咲き誇っていた。
 その庭園のベンチに腰を下ろし、ガーネットは一人、冬の空気を楽しんでいたのだ。
「まぁ、ルビィさん!」
「なんや、巻き毛の色っぽい将軍さんに頼んだら、中に入れてくれはったわ」
 ルビィは親しげに笑うと、隣に腰掛けてもいいか、と尋ねた。
「ええ、もちろん」
「ほな、おおきに。あんな、うちのボスから姫さんに言付けやねん」
「なんでしょう?」
「ほら、アレクサンドリアでタンタラスが劇をやるのが毎年恒例やったやろ? せやけど、今年はあれ、ダメそうや、ゆうて」
 ガーネットはがっかりした表情を見せたが、実はもうそんなことはとうに知っていたのだった。
「ええ。劇場艇のエンジンがまだ蒸気機関になっていないって。シドおじさまから聞いてます」
「あ、そうか、そうやったな。なんやぁ、ボス。そんなことぐらい考えたらわかることやのに。ま、ええわ。姫さんの元気そうな顔も見れたことやし」
 ガーネットは微笑んだ。
「ルビィさんは、今何をしてらっしゃるの?」
「ん? うち? まぁ、アレクサンドリアで小劇場のオーナーやっとるけど。タンタラスでも大活躍中やで」
 ルビィが胸を張るので、ガーネットはクスクス笑った。
「皆さん、お元気ですか?」
「ああ、まぁ、だいたいは元気にしとるよ」
 ルビィの顔がふと曇ったのを、ガーネットは見逃さなかった。
 怪訝な表情で目をのぞき込まれ、生来正直者のルビィは慌てて言った。
「いや、そのな、誰かが病気やとかそういうことやないねんで!」
「え、ええ……」
 ガーネットがますます訝しがるので、ルビィは終いには、やっぱり話してしまった。
「ほら、な。もう二ヶ月になるんかなぁ、あれから」
 「あれ」というのは、ジタンの葬儀のこと。
「あれにな、うちらみんな一応出よったんやけど。いかんかったわ。姫さん来んで良かったと思うで。みんなそう言っとったし、うちもそう思った」
 ルビィは、悲しげに溜め息をついた。
「いきなり、ジタンが遠いところへ行ったような気がしたわ。それで、うちらはうちらだけで、なんとか遠いところからジタンを引き戻したろ、ってことになってな」
 タンタラス団の団員たちは、その夜、アジトでもう一度、仕切り直して故人を偲んだのだという。
「ボスなんか思い出話したりするんで、その夜はみんなで泣くに泣いたわ。ブランクなんか、普段滅多に泣いたりせぇへんのに」
 ルビィはその時のことを思い出したのか、目の端を赤くした。
「うちらな、みんなで話したんや。姫さんはどんなに辛かろうかって。そしたら、余計に泣いてしまったわ。あいつ、姫さんのことホンマに好きやったからなぁ、って。残して死ぬなんて、悔しいやろうって」
 ルビーは手の甲で目を拭うと、ふとガーネットに向き直った。
「なぁ、姫さん」
「はい」
「あいつのこと、忘れんでやってな」
 ルビィの突然の言葉に、ガーネットは目を見開いた。
「何もな、あいつのことずっと想ってなくてもええんや。あいつが生きとったって、そのことちゃんと覚えててやって欲しいねん、あんたに」
 ルビィはガーネットの手を取った。
「あいつが生きとった証ってゆうの? 残してやりたいねん。誰かの心の中でだけでも、生かしといてやりたいねん」
 ルビィは必死に喋った。ガーネットは泣くのも忘れてびっくりしていた。
「せやから、あんたには覚えていて欲しいねん。ジタンって人間が、確かにこの世に生きとったこと」
 ガーネットはまだ驚いた顔をしていたが、深く頷いた。
「もちろん、忘れません。絶対に」
 力強い言葉に、ルビィは安心してにっこり笑った。
「ホンマは、うちかてジタンが死んだなんて、信じてない。あいつのことや、またいつかふらっと帰ってくるんやないかって、思うとる。せやからな、あいつが帰ってきたら思いっきり文句言うたるつもりやねん」
 ルビィは空を見上げて言った。
 ガーネットは小さく笑った。本当に、そんな日が来ることを祈って。






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