<5>


 ガーネットの誕生日は、ごく静かにやってきて、去っていった。
 戦争の傷跡が癒えぬこの国で、自分の祝い事をしたくない、とガーネットが言ったのだ。
 しかし、そこにもう一つ理由があることを、人々は知っていた。
 ガーネットがまだ王女だった去年の誕生日。
 それは、彼女にとって人生の転機であり、そして。
 彼と出逢った日だったのだ。

 仲間たちはお祝いに駆けつけたり、特別にメッセージを寄せたりしてくれた。
 クイナが腕を振るって料理をしてくれ、エーコも来てくれた。
 フライヤは国の再建に忙しく、今回は訪問を見送ったが、心温まる彼女らしい言葉を贈ってくれた。
 トレノで再び働いていたサラマンダーは、一瞬だけ顔を出し、また帰ってしまった。
 どうも、こういう集まりは得手ではないと言って。
 ビビは来なかった。
 その理由を、誰も話さなかった。
 実は、秋口にアレクサンドリアを訪れたとき、彼自身悟ってはいたのだが。
 もうじき、動かなくなる。止まってしまう、と。
 しかし、悲しみのどん底にあるガーネットに、その話は結局出来ずじまいだった。
 代わりにミコトがやってきて、ビビのメッセージを伝えてくれた。
 ガーネットはよく笑った。
 悲しみを拭い去れてはいないものの、前向きに生きようとしていることを、誰もが悟った。
 ガーネット自身は、エーコがおかしなことを言ったりすると笑い、笑いながら、何となく罪を感じた。
 彼はもういないのに。まだ笑う自分がいる。
 まだ生きる自分がいる。
 何となく後ろめたいのだ。
 エーコとミコトが帰った後、ガーネットは不意に寂しさを感じた。
 もうずっと、心はずっと凍り付いたまま、ただ一部分、生きるのに必要な分だけを動かして生きてきた。
 わたしは、どうなってしまうのだろう。
 ……ジタン!


 ビビが死んだ。
 その知らせが霧の大陸にくるまでに、数日が掛かった。
 晩夏の酷い嵐の日で、それでも、ガーネットはスタイナーと共にアレクサンドリアを飛び立った。クイナとサラマンダーも同乗した。
 リンドブルムからエーコも、ブルメシアからはフライヤも。
 ビビは動かなくなっていた。
 静かに目を閉じ、眠っていた。
「みんなにありがとうって、言ってたわ」
 最期を見取ったミコトが、泣きはらした目で言った。
「ボクの記憶を空に預けに行くよ、って……」
 ビビが最後に残した言葉を、寸分違わず仲間たちに伝えると、ミコトは泣きながら部屋を出ていった。
 仲間たちは、何も言わずに佇んでいた。
 泣きじゃくるエーコを抱きしめ、ガーネットもまた泣いていた。
 スタイナーが悔し紛れに床を蹴ったが、どうしようもなかった。
 また一人、仲間を失ってしまった……。
 ビビの子供たちが部屋に走り込んできた。
 父親の話してくれた「仲間たち」の姿に、一瞬黙り込む。
 彼らはまだ幼く、「止まってしまう」ことの意味が分からない。
 でも、いつもは無表情のミコトお姉ちゃんが泣いていて、そしてこの人たちも泣いていて。
 悲しいことなのだと彼らは悟ったようだった。
 ガーネットは黒魔道士の子たちに近づいた。
「あなたたちが生きている限り、ビビは死なないわ」
 ガーネットは囁くような声で、しっかりと言った。
 その場にいた者たちは、皆はっとした。
「永遠の命なんてないもの。だからこそ、命は受け継がれていくんだわ」
 黒魔道士の子たちはお互いにお互いを見合っていたが、やがて、ガーネットに向かって大きく頷いた。
 ビビは他の黒魔道士たちが眠る村の墓に、仲間たちの手で埋葬された。
 墓標に、あのとんがり帽子が揺れている。
 ガーネットはいつまでも佇んでいた。
 ミコトが背後から歩み寄った。
「ダガー」
 彼女は小さく呼び掛けた。
「私、イーファの樹に行って来るわ」
 ガーネットは驚いて振り向いた。
「どうして、もっと早くそうしなかったのか、自分でもわからないけど。ビビが死んでしまって、初めて身近な人が死ぬことの悲しみがわかったように思うの」
 ミコトは青い目を涙に濡らしていた。
「あなたがどんなに辛かったかは、今の私にはまだわからない。でも、ジタンが死んでしまうことは、私にとって辛いことだったのだって、今頃になってわかったのよ。無駄だって思っていたから、きっと助からないって思ったから、私、今までイーファのことは忘れようと思っていた。でも、でも、もし、ジタンが生きていたんだとしたら、私、私は……」
 ミコトは膝を付いてしゃがみ込んだ。
 ガーネットは急いで駆け寄る。
「ミコト!?」
「ごめんなさい、ダガー! もっと早く行けばよかったのに! 私なら、もしかしたら何か出来たかも知れないのに! 私、恐かったの。クジャや、ジタンが死んでしまった姿を見るのが、恐くて恐くて……!」
 ガーネットはミコトの肩を抱き寄せた。
 不意に、胸が熱くなる。
 あの人と同じ色の髪、瞳。
 ガーネットの目にもまた、涙が浮かんできた。
「わたしこそ、あなたとお話しすることすら、しなかったわ。あなたに会ったら、あの人を思い出すんじゃないかって、恐かった。わたしの方がよっぽど悪いわ、ミコト。自分を責めるのはやめて!」
 ミコトは頑固に首を振った。
「私たちが生まれたこと、間違いじゃないって思いたくて。一生懸命だった。人に好かれたいとか、普通の感情が欲しいとか。でも、そんなことに一生懸命で、肝心なものを見失っていたの。ガイアの人たちは、みんな心から愛する人を持っているのだって。命をかけても守りたい人がいるのだってこと」
 ミコトは立ち上がった。
「私、イーファに行って来る。どうしても、気が済まないの」
「わたしも行くわ」
「それは、ダメ」
 ミコトは首を振る。
「ダガーは、もう戻らないで、あの日に。私だけが行って来るから」
 ガーネットはじっとミコトを見つめた。
 長い年月だったように思う。
 それでいて、つい昨日のように思い出す、あの日。
「私が死んでも、彼を連れ帰るから」
 ミコトの言葉に、ガーネットは息を呑んだ。
「そんな……」
 しかし、ミコトはきびすを返し、行ってしまった。
 わかっているのだ。ミコトも、自分も、誰も彼も。
 もう、あの人は帰らない。
 そう、だから、あとは生きている人間が心にけじめを付けなければならない。
 ガーネットは振り向いた。
「そうでしょう、ビビ?」
 でも、ガーネットの心にけじめが付く日はなかなか訪れなかった。


 ミコトのことを心配し、ガーネットたちはしばらく黒魔導士の村にいた。
 しかし、彼女はいつまでも戻ってこなかった。
 何人かがイーファの樹まで出向いてみたが、何の手がかりもなかった。
 これ以上伸ばせない日程となり、仲間たちはまた、再び散り散りに別れていった。
 ガーネットの要請で、レッドローズはイーファの上空を通った。しかし、ミコトの姿はどこにもなかった。
 アレクサンドリアから救助隊を派遣したが、それでも彼女は見つからなかった。
 ガーネットの胸に不安がよぎった。
 まさか、彼女までが……?






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