<6>


 ビビが死んでしまってから五ヶ月。
 ようやく蒸気機関のエンジンを積んだ劇場艇が、アレクサンドリア女王ガーネットの誕生日を祝うため、アレクサンドリアへ赴いた。
 ガーネットは、あの戦いに関わった人々……仲間たちはもちろん、今まで出会った人たち……を、城へと招待した。
 来なかった人もいた。演劇好きのビビのために特別に贈ったチケットは、彼の墓へ供えられた。
 ミコトも来なかった。ミコトはまだ帰らないと、他のジェノムから手紙が来た。
 演目は、「君の小鳥になりたい」。タンタラスはあの時のリベンジを図るのだ、と言ってきた。
 ガーネットにとって、思い出深い戯曲。
 アレクサンドリアの町は、あの日のような美しさを取り戻していた。
 皆、女王の働きに拍手喝采をおくった。
 でも、肝心の女王の心は、未だあの日に留まっているとも言えた。
 少なくとも、その心の大部分は。


 玉座に座り、開演の時を待つ。
 スタイナーとベアトリクスが、ロイヤルシートに姿を現した。
 ……そういえば、あの二人はどうなっているのかしら?
 一瞬そんなことを思い、ガーネットは目を閉じた。
 また、心はあの日に戻る。
 今日は強く、あの日に戻りたがる。
 あの、冒険の日々。もう二度と戻らない、日々。
 愛おしかった。全ての記憶が愛おしくて、思わずガーネットが溜め息をついたとき、バクーが舞台上に現れた。
 待ってましたとばかりに、客席から拍手が湧く。
 あの日の、ままだ。


 ガーネットはそらでも言える台詞たちに、思わず胸を熱くした。
 コーネリアの心情は自分のものと似ている。
 同じ王女だからわかる心の痛み。
 ルビィはいつもの明るい雰囲気を消し去り、たおやかな王女役を熱演している。
「わたくし、あなたがいないと生きてゆけません!」
 その時、ガーネットの目は不意に涙で曇った。
 生きていけない。
 何度思っただろう。そして、これからも何度思うのだろう……!
 ガーネットは物思いに沈んだまま、芝居を見ていた。
 ……そのせいで、大事なものを見損ねていた。
 マーカス役の俳優が頭からかぶっているマントの下に、微かに揺れるものを。


 劇は中盤。双子の月が見守る中、マーカスの独白まで来た。
 船が出てしまう。
 太陽が昇りかけている。
 恋人は来ない。
 マーカスは一人、彼女への思いを切々と語った。
 観客は、息を詰めてそのシーンを見つめる。
 そして。
「会わせてくれ!」
 マーカスはマントに手を掛ける。
 突然、今まで彼の顔まで覆っていたそのマントを、大きく投げ捨てた。
「愛しのダガーに!」
 一瞬、会場の時間が止まる。
 ガーネットは思わず立ち上がった。
 テラスから必死に身を乗り出す。
 まさか、まさか……?
 壇上で、彼は、彼にしかできない仕草でニッと笑った。
 まさか……!
 ガーネットはくるりと振り向き、ドレスの裾をたくし上げて走った。
 しかし、扉の前に二本の腕が伸びる。
 スタイナーとベアトリクス。
 ガーネットは立ち止まった。
 びっくりしてスタイナーを見上げると、彼はにっこり微笑んで、扉を押し開いてくれた。
 ベアトリクスを見ると、彼女も扉を押し開き、ガーネットに微笑んでから手を外へと伸ばした。
 ―――さぁ、どうぞお行きください。
 ガーネットは胸が詰まって何も言えず、ただ頷くとまた走り出した。
 二年前、彼と出逢った廊下を走り、階段を駆け下り、城の外へ!
 人を掻き分け、必死に進んだ。
 もしかしたら彼は幻で、急がなければ消えてしまうかも知れない、とでもいうように。
 どんっ、とばかりに、人にぶつかる。
 その瞬間、チェーンが引っかかって切れ、首から下げていた宝珠のかけらが地面へ転がっていってしまった。
 かしんっ、と音がする。
 ガーネットは振り向いた。
 女王の証である、宝珠。
 でも、それでも、わたしは……!
 ガーネットは宝珠に背を向け、また走り出す。頭を飾るティアラも脱ぎ捨て、思い切り、その腕の中へ飛び込んだ。
「ジタン!」
 彼はガーネットを、腕を伸ばして捕まえると、その顔をのぞき込んだ。
「やぁ」
 ジタンは片目をぱちっと瞑ってみせる。
 その瞬間、ガーネットの胸に、様々な思いが止めどなく込み上げてきた。
 彼がいなくなってからの不安、恐れ、苦悩。寂しさ、悲しみ。
 そして、無事帰ってきてくれたのだという安堵や喜び。
 ガーネットは拳でジタンの胸を叩いた。
「バカ! ジタンのバカっ! わたしがどれだけ……」
 あとは言葉にならない。抱き寄せられ、髪を撫でられると、俄然安堵と喜びの方が大きくなった。
「ごめん」
 ジタンはガーネットを抱き締めたまま、小さく言った。


 観客たちは大歓声で彼らを見守った。


-Fin-





最後までお読みいただきありがとうございました。
えっと・・・書いた自分で読んでも即刻帰りたくなる一品でございました(−−;)
一応FF9って言ったらED?なノリで書いた愚作で、やっぱり載せるか、な感じでアップです。
最後だけ背景が変わるのはなぜでせう?
ジタンバージョンも最後背景変わるのです♪(あ、そ)
2002.9.12







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