<4>


 気が付くと、太陽の下にいた。
 燦々と降り注ぐ太陽に、ジタンは思わず目をしばたいた。
 日の光って、こんなに眩しかったっけ?
 風が吹いている。蒼い空を雲が走っていく。
 ―――大きな木だ。
 ジタンはそこにそびえるように生えるイーファの大木を見つめた。
 ―――結局ここに出てくるのか。どうせなら、もっと近いところに次元の狭間があればなぁ……。
 ジタンは大きく伸びをして、側で座り込んでいる妹を振り返った。
 ミコトは、小さく笑った。
「やっと帰れたわね、ジタン」
「ああ」
 ジタンはにっこりと笑った。
「ごめんなさい。私がもっと早く行ければ……」
「それはもう、言いっこなし! それに……」
 ジタンはぴょんっと足取り軽く、イーファの樹を飛び降りた。
「嫌ってほどテラを見て、思ったんだよ。オレの帰るところはガイアだ、ダガーのところだ、ってさ!」
 ミコトは一瞬呆れた顔をした。
「その様子じゃ、すぐにでも行くのね」
「もちろん!」
「でも、村に寄って行ってよ。ビビに……」
「わかってるよ」
「どっちにしろ、寄ってからの方がいいわ。コンデヤ・パタに近いし。あそこから霧の大陸への飛空艇が出てるの。ただ……」
「なんだ?」
「あの、リンドブルム行きだけど……」
 ジタンは明らかにショックそうな顔をした。
「それに、一週間に一便なの」
 ますますショックそうな顔をする「兄」に、ミコトは鈴のように笑った。
「さ、行きましょ」


 ジタンは黒魔導師の村で一晩過ごし、ビビの墓を参った。
 多くの黒魔道士が土に還り、その子供たちが生まれていた。
 ただ、ビビの子供たちは居なかった。
「おかしいわね、どうしたのかしら?」
 ミコトが首を傾げたとき、288号がやってきた。
「やぁ、ミコト。随分長い旅だったね」
「ええ。やっと見つけたわ、この人」
 288号はジタンを見て、文字通り飛び上がった。
「ジ、ジ、ジタン君!?」
「よぉ、元気か?」
 恐慌状態の288号を取り囲むように、黒魔道士やジェノムが増えてきた。
「お帰り、ミコト」
 と、黒魔道士の一人。
「ただいま。ビビの子供たちはどうしたの?」
「アレクサンドリアへ行ったよ」
「それはまた、どうして?」
「お芝居があるんだって。なんて言ったっけ……」
「君の小鳥になりたい、だよ。タンタラス団の」
 ジェノムの一人が言う。
「なんだって!?」
 ジタンが一人慌てだした。
「あいつら、オレがいないのにどうやってあの芝居やるつもりなんだ?」
「ミコトにもチケットが届いてたんだけど。今からじゃ間に合わないかなぁ」
 と、黒魔道士君。
「いつ開演だ?」
「明日の夕方だよ」
「まずい! おい、次の飛空艇は?」
「明日の朝一番にリンドブルム行きが……」
「よし、それに乗っていこう」
「ちょっと、ジタン!」
 ミコトが笑いながら抑えた。
「あなた、さっきまでテラに閉じこめられてた人間とは思えないわね」


***


 翌朝早く、コンデヤ・パタ発リンドブルム行きの飛空挺に乗り、ジタンは懐かしの故郷へと辿り着いた。
 何もかもが懐かしかった。
 そして、ゆっくり歩き回る時間もなかった。
 何しろ、時間がない!
 目にも止まらぬ速さでアジトまで走ったが、途中、人々が叫び声を上げていることには気付いていた。
 ―――そういえば、オレって死んだことになってるんだっけ?
 アジトはもぬけの殻で、台本が一冊置きっぱなしになっていた。
 やっぱり、間に合わなかったか!
 ジタンはその台本を手にすると、飛空艇乗り場へとって返し、アレクサンドリア行きの飛空艇に乗り込んだ。
 ドアに近い端の席に潜り込み、到着したらすぐに飛び出す予定だ。
 一つ前の席で、二人の人間が声高に喋っていた。
「なぁ、タンタラスは今度もまた『君の小鳥になりたい』やるんだって?」
「ああ、そうさ。でもよ、ほれ、一人役者が欠けただろ?」
「おお、ジタンな」
 自分の名が呼ばれ、思わずビクッと反応してしまう。
「だからさ、二年前の時のシーンより前から始めて、途中抜かして上演するらしいぜ」
「へ〜」
 途中抜いて……。ジタンはさっきの台本を手にとって、読んでみた。
 なるほど。自分が出ていたシーンは抜かして、マーカスとコーネリアが駆け落ちの約束をするシーンなどが追加になっていた。
 リンドブルムではこのシーンも演じていたし、おあつらえ向きなのだろう。
「ジタン、で思い出したけど。それにしても、アレクサンドリアの女王、結婚しないな」
「当たり前だろ? 未だにあのシッポ男の帰りを待っているって、もっぱらの噂だぜ」
「いじらしいじゃないか」
「まぁな。アレクサンドリアじゃ、頭の痛いところだがさ」
 そうか……。ダガーは自分を待っていてくれているのか。
 そう思うと、何だか暖かい気持ちになった。
 思わず笑みがこぼれる。
「今日は、その女王さんの誕生日なんだろ?」
「ああ。あの方ももう十八におなりだ」
 え?
 ジタンはふと、壁に掛かっていたカレンダーに目をやる。
 一月十五日。
 ……!
 思わずがたんっ、と立ち上がってしまった。
 前の席の二人が、一斉にこちらを向いた。
 見る間に表情が驚きに変わる。
「え、ジ、ジタン!?」
「シッポ男!」
 二人が同時に大声で叫んだため、ジタンは危うく乗客に取り囲まれそうになったが、ドアの近くに座ったことが幸いして、難を逃れた。
 しかし。飛空艇の中は大騒ぎになってしまった。
 かの大戦で命を落としたはずの、ジタン・トライバルがこの飛空艇に乗っているぞ!
 生きていたぞ!!
 アレクサンドリアまで長かったこと!
 ジタンは飛空艇が地面につく前に、ぴょんっと飛び降りて逃げ出した。
 目指すは、劇場艇プリマビスタ。
 見ると、プリマビスタは既に城の前にスタンバイしている。
「やべぇ、急がなけりゃ!」
 ジタンは軽々とジャンプし、屋根伝いに走っていった。
 裏の方からプリマビスタに潜入成功。
 ジタンはにやりと笑った。
 ―――彼の頭の中に、あるシナリオができあがっていた。






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