<5>


　慣れた劇場艇の中を走っていく。
　誰か、ブランクかルビィ、マーカス、シナでもいいな。
　いないだろうか……。
　ボス……、に直に言うのもなんかなぁ、だし。
　と。
　化粧室にコーネリア姫の髪飾りが置きっぱなしになっているのが見えた。
「ルビィ、また置きっぱなしだよ……」
　ジタンはそれを手にし、ふと笑みをこぼした。
　こんなことまで懐かしい。
　それに、これがここにあるってことは、ルビィはあそこにいるだろう。


　ガラクタが置いてある倉庫部屋のドアが少し開いていて、中から聞き慣れた声がしていた。
　ジタンはそっとドアを開け、中を見る。
　ブランク、ルビィ、マーカス、シナ。
　なぜか、四人揃って、しかも沈んだ表情。
　と。
「しもた！　うち、コーネリア姫の髪飾り、探してたんやった！」
　ルビィが飛び上がり、辺りの箱をかき回し始める。
　きたきた。
　ジタンはドアの縁に手を掛け、にっこり笑った。
「お探しの品はこちらかな、コーネリア姫？」
　ルビィはゆっくりこちらを見る。
　口をパクパクさせ、大きく目を見開いた。
　ブランクもマーカスもシナも。こっちを見る。
　全員、物凄く驚いた顔をした。
　そして。
「ジタンさん！」
　マーカスが声を上げる。
「ジタンやん！」
　ルビィががばっと抱きついてきた。
　全員が全員、ジタンを取り囲む。
　マーカスとシナは泣き出す始末。
「おいおい、泣くなって」
「普通泣くずら〜」
　シナが泣きながら言った。


「でさ。ちょっと頼みたいことがあるんだけど……」
　再会を喜び合いたいのは山々だったが、ジタンはあまり時間がないことを思い出して、切り出した。
「なんだ？」
　と、ブランク。何となく嫌な予感がするらしく、既に顔をしかめている。
「いやさ。ダガーに会いに行きたいんだけど、この状況じゃ、今からすぐには会いに行けないだろ？」
「まぁ、そうっスね。姫さま、もうロイヤルシートに座ってるっス」
「だからさ。舞台の上で再会を果たしたいわけ」
　ジタンは無邪気な顔で、とんでもないことを言った。
「ど、どうやるつもりずら？」
「まさかジタン、あんた、芝居中に飛び出してくつもりちゃうやろな？」
「……いかにもこいつが考えそうなことだぜ」
　ブランクが肩を竦めた。
「おおかた、マーカスの役でもやって、途中で正体明かすつもりだろ、ジタン」
「おう、さすがブランクだな」
「なんやて〜〜ぇぇ！」
　ルビィが金切り声を上げた。
「アホか、ジタン！」
「アホで結構」
「ジタン、マーカスの台詞覚えてるずら？」
　シナが聞くと、ジタンはふざけた感じで首を傾げた。
「マジかよ……」
「どうするっスか？　もう時間ないっスよ！」
「と、とりあえずやな、マーカスとうちは、台詞覚えさせる係やな。それから、ブランク、あんたはボスんとこ行って、かくかくしかじか説明してや！」
「わかった」
「了解っス！」
「シナは、大きいマント、探してきてや。すっぽり隠れるようなヤツ」
「わかったずら」
　ブランクとシナが飛び出していき、ルビィとマーカスは台本を手に取った。
「それで、どのシーンで正体を露わすっスか？　ジタンさん」
「そうだなぁ、ここかな」
　マーカスの独白のシーンだ。
「じゃ、ここまでの台詞を覚えればええんやな。二シーンで助かったわ」
　ルビィは胸を撫で下ろしたが、すぐにビシビシと始めるのだった。
「ジタン、容赦はせんで！　タンタラスのお株にかかわっとるんや。十分で全部覚えぇよ！」


　ブランクがバクーの控え室へ行くと、彼はご満悦な顔で椅子に腰掛けていた。
　既にレア王の衣装になっているため、本物の王様のようだ。
「よぉ、ブランクか。なんだ？」
「いや、さ、ボス。信じられないかもしれないんだけど……」
「ジタンが帰ってきたか」
「―――！」
　 バクーは窓を示した。
「あそこから外を見ていたらよ、どうにも見慣れたシッポが見えたぜ」
　バクーはニカッと笑った。
「城下町は大騒ぎだな。女王様の待ち人、シッポ男が帰ってきた、ってよ。ま、それもまだ城までは届いてないんだろうけどな」
　ブランクはしばらく佇んで、窓の外を見ていた。
　帰ってきたのか。
　帰ってきたのか……！
「で、なんだ、ブランク。そんなアホみてぇな顔してねぇで、用事があるんじゃねぇのか？」
　バクーはブランクをニヤニヤして見ていた。
　一瞬で、ブランクの記憶が戻ってきた。
「そ、そうだった！　ボス、あいつ、芝居をぶっ壊す気だぜ！」
　控え室からは大きな笑い声が聞こえてきたのだった。


　舞台裏は、開演間近の喧噪の中にあった。
「ええか、ジタン。台詞がわからんようになったら、マーカスを見るんやで」
「へ〜い」
「立ち位置は大丈夫やろな」
「ん〜、たぶん」
　ルビィはジタンの背中をバシンと叩く。
「アホぉ！　今までみんな稽古してきたんを、あんたのためにすっぱり諦めたるって言うとるのに！　わかっとんの！？」
「……うん、ごめん」
　ジタンの目は少し真剣みを帯びた。
　ルビィはしてやったりという顔になる。
　こいつの弱点なら、お見通しやっちゅうねん！
「ルビィ、マント持ってきたずら！」
「おおきに。ほら、ジタン。これ被って」
　ルビィはジタンの頭からばさっとマントを被した。
「さ、開演だぞ！」
　ブランクが小さく声をかける。


　その頃。
　城下町は文字通り、本当に大騒ぎになっていた。
「ねぇ、聞いた！？　例の、シッポの人が帰ってきたって！」
「え？　死んじゃったんじゃないの？」
「それがよくわからないんだけど、リンドブルムからの飛空艇に乗っていたらしいわ」
「きゃ〜〜！　じゃぁ、これから女王様に会いに行くのかしら！」
「でも、女王様はこれからお芝居を御覧になるのでしょうし……」
「え〜！　お芝居どころじゃないんじゃない！？」
　シッポ男が帰ってきた！
　その噂は、町を中心に広まっていた。
　そして、上演時間直前、城の観客席の端まで到達した。
「お聞きになった？」
「ええ、あの方、帰ってらしたって」
「生きておいででよかったことだ」
「陛下は浮かないお顔でいらっしゃるわね」
「まだご存じないのか？」
「ねぇ、お聞きになりまして？」
　貴族たちの間に、徐々に話が広まる。
　しかし、そのささやき声も空へ吸い込まれて消えた。
　そこで、バクーが舞台上に現れたのだ。


＊＊＊


　ふと、ベアトリクスは観客の声を耳にした。
　廊下を歩いてロイヤルシートへ向かう。
　帰ってきた？
　まさか、あのジタンが？
　ベアトリクスは柄にもなく泣き出しそうになった。
「スタイナー」
　前を行く同僚―――だけでない―――騎士に声をかける。
「何であるか？」
「あの、帰ってきたかもしれないですわ」
「何がであるか？」
「人々の噂を耳にしただけですし、確かなことは言えないのだけど……」
「……？」
　ベアトリクスは手を背中の方に回してから、ひゅっと動かした。
　シッポ。
　と彼女は言ったのだ。
　その時、彼らは女王の間の扉に辿り着いた。
　二人はお互い目で合図しあうと、何食わぬ顔で位置に立った。


　―――芝居が始まる……。