いつか帰るところ(Mikoto ver.)



<1>



 ヒルダガルデ3号に救出された仲間たちの中に、彼の姿はなかった。
 あの荒れ狂うイーファの樹へ、単身乗り込んで行ってしまったのだ。
 ……ミコトには、どうしても理解できなかった。
 せっかく助かったのに。クジャはもう助からないとわかっているだろうに。
 なぜ、わざわざ死に向かうのか。
 
 ―――どうしても、わからなかった。








 霧が晴れ、留まっていた飛空艇たちもそろそろ飛ぶには限界が近かった。
 それでも、全ての飛空艇はその場に在った。
 帰らぬ人を、ただ待ち続けた。
 ミコトには、なぜそんな無駄なことをするのかわからなかった。
 彼は帰らない。
 ―――彼は、たぶん死んでしまったのだろう。
 ガーネットは悲痛な表情をして、一日中かの樹を見つめていた。
 泣かなかったし、騒ぎもしなかった。
 ただ、血の気の引いた蒼い顔をして、ずっと待っているだけ。
 その様子を見つめ、ミコトの胸は疼いていた。
 それは、喉に突っかかった感情の塊りのせいなのかも知れない。
 あるいは、誰かが悲しんでいることへの同情―――そんな感情が、自分にあるのかどうかもわからなかったけれど。


 やがて、諦めた人々は飛空艇を出した。
 「諦めた」顔をした人間は一人もいなかった、が。



***



 ビビと共に黒魔道士の村近くで飛空艇を降ろしてもらい、村へ向かう。黒魔道士たちやジェノムたちが迎えてくれた。
 黒魔道士たちはジタンの話を聞いて、一様に悲しみを露わにした。
 ジェノムたちには特に感慨もなかった。


 ビビは、一人墓場へ行って、長いことそこに佇んでいた。
 ―――あれからまた新たに何人かが止まり、土へと還った。
 そう聞かされた彼が表情を曇らせた意味も、ミコトにはわからなかった。
 生あるものはいつか朽ちる。
 それが、常識ではないか。
「どうしてそんな悲しそうな顔をするの?」
 問い掛けられ、ビビは振り向いた。
「また、大切な仲間が止まっちゃったんだ」
「それが、悲しいことなの?」
「仲間が死んじゃっても、ミコトおねえちゃんは悲しくないの?」
 逆に問われ、ミコトは瞬きした。
「生きているものはいつかみな死ぬのよ」
「わかってるよ―――でも」
 再び、緩やかに盛り上がった土を振り返るビビ。帽子に手を当てた。
「その人は、たった一人だから。その人がいなくなっちゃって、二度と会えなくなったら悲しいんだよ。その人には代わりなんていなくて、ボクにとってその人が本当に大切だから、悲しいんだ」
 とんがり帽子が揺れる。
「―――あんまり、上手く言えないけど……」
 たった一人。
 この世に唯一の存在。
 その感覚が自分には欠如しているのだろうか。
 ―――だって、この世に唯一の存在なんて、本当にあるのかどうか私にはわからない。
 この世にただ一つ、なんて。そんなことがありえるのだろうか?


 彼女の創造主は、彼女を『代わり』として創造した。
 いつも代替物扱いだった。
 もし自分が駄目でも、また代わりが生まれる。
 それが、彼女の常識だった。
 自分の存在は常にそんな虚無の中にあって、生きていても死んでいても変わらない魂だった。
 いや、魂などない、ただの『器』だった。
 ―――そう。確かに、そう思っていた。
 彼が彼の故郷に帰るまで。
 その運命に抗うまで。

 私は器ではなかったの?
 私は代わりではなかったの?
 私は考えたり、感情を持ったりしないはずではなかったの?

「あなたは……どうして泣くの?」
 ミコトは、ビビの震える背中に尋ねた。
 ビビは答えなかった。
 心の中で、「ジタンはきっと帰ってくる」と叫び続けているだけで。






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