<2>



 それから一年半の間。
 大きな変化はなかったものの、黒魔道士の村は日々少しずつ変化していた。
 テラで暮らしていたジェノムたちには、変化していく日常はごく珍しいのもだった。
 ビビは、よく自分の冒険話を語った。
 初めは興味を持たなかったジェノムたちまでもが、彼の話に耳を傾けるようになり。
 やがて、黒魔道士たちの仕事を見よう見まねで手伝うようになった。

 ある時、霧がなくても黒魔道士を作る技術があると話したミコトに、ビビは
「じゃぁ、ボクの子供が欲しいな」
 と頼んだ。
「子供?」
 訝しげなミコト。
「うん。ボクの記憶を受け継いでもらうんだ」
「記憶を?」
 ビビは頷いた。
 自分が止まってしまった後も、自分の記憶が絶えることなく語り継がれるようにしたいんだ。
 ミコトは何も言わなかった。
 そのことにどんな意味があるのか、はっきりとはわからなかったが。
 何か、とても大切な意味がじっと身を潜めている感覚があった。

 ―――記憶を受け継ぐ。
 この世にたった一つの、大切な記憶を。



***



 ある夜のことだった。
 ビビの様子がおかしい、と、黒魔道士の一人がミコトに告げた。
 ……もうずっと、彼の様子は少しずつおかしくなっていたのだ。
 血が凍るような思いがして、その感覚がどこから来るのかわからなくて、ミコトは蒼褪めた顔でビビの元へ走った。
「ビビ!」
「ミコトおねえちゃん……」
 金色の目は穏やかに微笑んでいたけれど、そこにあるのは燃え尽きようとする光。
 ―――いや。死んではダメ!
 ミコトは無意識のうちに、心の中で叫んでいた。
「みんな、怒るかな。ボクが、みんなにさよならを言わないうちに止まっちゃったら」
「―――そんなこと言わないでよ」
「でもね、ミコトおねえちゃん。ボクはもう、止まらなきゃいけないんだ。そうやって、決まってたんだ」
 生まれた時から。
 そう造られた時から。
 運命は決まっていた―――?
「ミコトおねえちゃん、お願いがあるんだけど」
「……何?」
「みんなにね、伝えて欲しいんだ。ありがとうって」
「ビビ!」
 翡翠色の瞳に涙が浮かんできて、当の本人よりビビが驚いた顔をした。
「ミコトおねえちゃん……わかったんだね、誰かが死んじゃうのが悲しいってこと」
 ―――こんな風に知りたくはなかった!
 ミコトは感情を振り払おうと、頑なに頭を振った。
「もし、ジタンが帰ってきたら、こう伝えて欲しいんだ。……毎日、ジタンのことを話したんだよ。ボクたちのとても大切な人がいたって。生きてることの大きさを教えてくれた人だって―――」
 ミコトはさらに強く頭を振る。
「生きるってことは、永遠の命を持つことじゃない……そう教えてくれたよね? 助け合って生きていかなきゃ意味がないんだって……。
 別れることは決して悲しいことじゃないよね? 離れていても心が通じ合ったよね? そんな大切なことを教えてくれたんだよね?」
 ミコトは両手で顔を覆った。
 その頬を初めて流れる涙が、ぽたぽたと床に落ちていく。
「ボクが何をするために生まれてきたのか、ボクが一体何をしていきたかったのか……そんなことを考える時間を与えてくれてありがとう」
 肩を震わせて泣いているミコトに、ビビは安心したように微笑む。
 造られた存在でも、ちゃんと感情は持てるんだね。
「ミコトおねえちゃん、もう泣かないで」
 泣き腫らした目を上げるミコトに、ゆっくり頷いた。
「この村のこと、みんなのこと、お願いね、おねえちゃん」
 小さく肯くのを確認して、ふぅ、と息を吐いた。
「……好きなことだけをやり続けるっていうのは実はとても難しいことなんだよね。みんな、とても偉かったんだなって思ったよ」
「私は、どうすればいいの?」
 この感情を、得体の知れない感情をどうすれば?
「ボクにも、わからない」
 ビビは微かに首を傾げた。
「孤独を感じた時にどうすればいいかなんて、それだけは教えてもらえなかった。―――本当の答えを見つけることができるのは、きっと自分だけなのかも知れないね……」
 ビビは思い出していた。
 仲間たちの顔。

 ジタン。故郷を知らない孤独を抱えてた。
 ダガーおねえちゃん。お母さんが死んじゃった時、たくさん泣いてた。
 エーコ。たった一人で暮らしていて、本当はすごく寂しかったんだよね。大丈夫だなんて、強がり言ってただけだったんだよね。
 フライヤ。自分のことを忘れた恋人のこと、それでも忘れられなかったんだ。
 スタイナーのおじちゃん。こっそり教えてくれた。おじちゃんは小さい時、家族と別れなければいけなかったってこと。
 サラマンダー。ずっと一人だったけど、本当はわかり合える仲間が欲しかったんだと思う。

「ボク、みんなとめぐり逢えて、とても嬉しかった……もっと一緒に冒険したかった。だけど、別れる時は……必ず来るんだよね」
 金色の目が、頼りなげにミコトを見つめた。
「ミコトおねえちゃん、こう伝えてね―――。みんな……ありがとう……さようなら……」
「ビビ!」
「ボクの記憶を空へあずけに行くよ―――」






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