<3>



 胸が痛い。

 ……この世に、たった一人の存在。
 笑うことを教えてくれた。
 怒ることを教えてくれた。
 悲しむことを教えてくれた。
 泣くことを教えてくれた。
 ―――生きることを、教えてくれたのはあなたよ。
「ミコト?」
 黒魔道士の一人、288号が、村外れの墓にいつまでも佇んでいるミコトに声を掛けた。
 明日、彼の仲間たちが来たらお別れを言ってここに埋葬しなければならない、友だち。
 その準備のために、ジェノムの何人かが土を掘っていた。
 一年半前。
 帰らないジタンのために涙を流した黒魔道士たちと違い、彼らは無表情だった。
 でも、今はどこか違う。
 みんな、何かを感じている。
「大丈夫かい」
「―――ええ」
「あんまり、そうは見えないけどね」
 と、288号は小さく苦笑いを漏らす。
「子供たちがね、もう眠ったけど。ミコトはどこかってずっと騒いでいたよ。一体お父さんはどうしたのか、ミコトに聞かなきゃわからないって」
「私は……何も教えてあげられないわ」
「どうして?」
「だって……」
 教えてもらったのは、私の方だった。


『その人は、たった一人だから。その人がいなくなっちゃって、二度と会えなくなったら悲しいんだよ。その人には代わりなんていなくて、ボクにとってその人が本当に大切だから、悲しいんだ』


 こういう意味だったのね。でも、知りたくなかった、こんな気持ち。
 知りたくなかった―――!
「ミコトは、どうして泣くんだい?」
 あの日、ビビにした問い掛けを返されて。ミコトは泣き濡れた顔を上げた。
「……それは―――」
 胸が締め付けられる。
 仲間が死んでしまったこと、ジタンが帰ってこない悲しさを抱えていたビビに、自分はそう問い掛けたのだ。
 帰ってこないジタン―――。
 突然、頭の中で何かがはじけるような音がした。
「……行かなきゃ」
「ミコト?」
「私、ジタンを捜しに行かなきゃ……」
「でも、ミコト―――」
 もう、随分経ったよ。
 みんな、諦めてるよ。
 ミコトは頭を振った。
「あの人は、この世にただ一人なの。彼の仲間たちにとっても、ビビにとっても、私にとっても……」
 そして。
 あの、黒髪に黒い瞳の少女にとっても。
 捜しに行こうかと何度も思ったけれど、その時はただ恐ろしくてやめた。
 行って何になるものではない、と。
 死んだ人は戻らないのだから、と。
 でも、今は違う。
 捜しに行かなければ。ただ唯一の存在として心に在る、彼を。
「明日、ビビのことが済んだら出発するわ」
「―――どうしても行くんだね?」
「行かなければならないの」
 ミコトは強い決心を秘めた目で、288号を見た。
「―――そっか、わかったよ。でもね、ミコト。きっと帰っておいで、この村に。みんなで待ってるからね」
 ミコトは小さく頷いた。
 その心では―――自分が帰れなくてもジタンだけは帰したい、と思っていたが。






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