「どうして私が?」
 ミコトは、機嫌悪く問うた。
 黒魔道士192-2号は、せっせと作業する手を休めず、答える。
「だって、ジタン君にそう頼まれたんだよ。ミコトにアレクサンドリアまで届けて欲しいって」
「だからどうして」
「それは僕も知らないよ。直接会って聞いてみたら?」
 ミコトはため息をついた。
 なんて、我が侭な兄だ。どうしても必要なものなら、自分で取りに来ればいい。
 何故、自分がわざわざアレクサンドリアまで出向かなければならないのか?
「ジタン君ね、何かと忙しいみたいだよ」
 と、その思考を読んだのか感じたのか、192-2号は相変わらず手を動かしたまま、口を挟んだ。
「ほら、彼、子供が生まれたでしょ? それで、奥さんのお仕事をジタン君が全部引き受けてるらしいから。大変だね」
 ……ということは、アレクサンドリア国王として仕事をこなしているということか?
 あり得ない、まさかあのジタンが!
「ミコトのところにも手紙を送ってるって書いてあったけど……来てないの?」
 ミコトは無言で彼を見つめた。
 そう、確かに手紙は来た。
 ミコトは彼女の潔癖さと辛抱強さのお蔭で、何とか全文に目を通すことができた。
 それほど、彼は取り留めのない文章を書く……と、ミコトは思っていた。
 義理の姉からもよく手紙が届いたが、一年ほど前からこちら、以前よりその数はずっと少なくなっていた。
 子育てが忙しい、と姉の手紙には書いてあった。
 「子育て」がどんなものなのか、ミコトにはあまり実感がなかった。
「ジタン君、ミコトにも赤ちゃん見て欲しいって散々誘ってるのに、さっぱり反応が返ってこない、とか言ってたな。行ってきたらいいよ、ここは僕らだけで大丈夫だから」
 彼は金色の瞳で微笑んだ。
 ミコトも、つられて微笑んだ。



***



 黒魔道士の村から外へ出る機会はあまりない。
 それでも時折はコンデヤ・パタへ食料調達に出掛けなければならなかったが、基本的に、ミコトは出不精だった。
 コンデヤ・パタの船着場から、リンドブルム行きの飛空艇に乗る。
 アレクサンドリア行きの船は週に一度しか出なかった上に、ジタンからの手紙には「リンドブルムに寄って、ルビィにも届け物をしてくれ」と書いてあったらしい。
 私は何? 配達屋?
 ミコトは不機嫌な表情のまま、飛空艇のシートに座った。

 ふと、思い出すあの日。

 ジタンをテラの閉鎖空間から連れ戻し、そして彼が帰るべき場所へ帰っていったあの日。
 チクリ、と感じた痛みの正体を知るまでに、それからまた随分と時間を要した。
 ジタンからの手紙をちゃんと読んでいない理由は、そこにもあったのだ。


 幸せであって欲しいと思う。
 でも、村で暮らすジェノムたちを、側で守って欲しいとも思ってしまう。
 「結婚することになった」と手紙で知らせてきたとき、多忙だからと式への出席を断った。
 これで、彼がこの村で暮らす事は二度とないのだ。
 そう、思ったら。
 悲しくて虚しくて、泣きたくなった。
 



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