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狩猟祭の夜。
リンドブルムの夜空は色とりどりの花火で飾られる。
狩猟の伝統を伝え、一年の大漁豊作を祈るというこの大イベントも今ではその意味を潜め、市民たちにとっては大方、夜通し大騒ぎするのが目的のようになっていた。
商業区の市場通りには屋台が出ており、城の裏手から上がる花火を見るなら劇場街の高台が人気のスポット。
劇場街駅はざわざわと常にない人手で、「うちの劇団にもこれっくらいの集客力がありゃなぁ」と、某劇団のお頭が言ったとか言わないとか。
早めにアジトを出ていい場所を確保しようとしたタンタラスの面々だったが、あまりの人手に、俄にはぐれてしまう始末だった。
そして。
ルシェラと並んで歩いていたルビィは、毎年決まって花火を見物する通りの角で、今一番見たくないものを見た。
ブランクが、よりにもよって見も知らぬ若い女性と談笑していたのだ。
この人混みの中、自分を置いて行った上に、その先で他の女と話している恋人。
いつまでたってもはっきりした態度をとらない恋人。
本当に恋人なのか?
ひゅ〜、と、冷たい風が人混みを吹き抜けた感覚がして、ルシェラは小さく身震いした。
「ね、ねぇ、ルビィちゃん」
立ち止まってしまったルビィに、ルシェラはおずおずと声を掛けた。
「早く行かないと、場所なくなっちゃうよ?」
「―――る」
「え、何?」
「うち、帰る」
くるりときびすを返し、ルビィは人の流れに逆行しだした。
「ちょ、ちょっとルビィちゃん!」
ずんずん遠ざかっていく背中に、常とは違う感覚を得る。
怒っているだけじゃない。
不安がってるだけでもない。
悲しくて悲しくて、深く傷ついてしまったら。
あとは拒むしかないのだ。
入ってくる情報全て、声も、音も光も影も。
全てを遮って一人の殻に閉じこもって。
―――ねぇ、ブランク。ルビィちゃんはもうそこまで来てる。
放っておいたら、手遅れになるよ。
とぼとぼと追いついたルシェラに、ブランクは訝しげな視線を送った。
「ルビィは?」
「―――帰った」
「帰った? なんで」
「……なんでじゃないよ、ブランク。ブランクが他の人と喋ってるからじゃない」
「は?」
「わたし、ブランクとルビィちゃんのことは応援してるけど、でも、これ以上傷つけるんだったらもうやめた方がいいよ。悲しいよ」
傷つくのは、悲しいよ。
ルシェラは俯いた。
見る間に視界が曇って、肩が震えるのが自分でもわかった。
唐突に泣き出したルシェラに、他のメンツもびっくりして振り向いた。
日頃、彼女が人前で泣いたりするのを見ることはないのだ。
「ど、どうした、ルシェラ?」
バンスが駆け寄る。
「ブランクに何か言われたのか?」
ルシェラは小さく頭を振った。
「違うよ、何でもない。ごめん、大丈夫だから」
……けれど。
子供の頃から彼女と共に育ったバンスだけは察してしまった一つの事実。
『恋人ができたらね、二人で狩猟祭の花火を見るんだ!』
彼女はそう言っていた。
―――ルシェラは、ごく幼い頃に孤児となり、教会に預けられていた。
教会で問題が起き、彼女は罪をなすりつけられて追い出され、以来ずっとタンタラスに籍を置いていたのだ。
誰もが認める明るい少女だったけれど、本当は愛情に飢えた子だから。
誰かに愛されることを切望していた。誰にも愛されないことを恐れていた。
結局、傷ついているルシェラを一人にしておけなくて、バンスはせっかく街に降りてきていたエーコを放っておいてしまった。
これが後々小さなトラブルを引き起こすことになった、のだが。
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