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「おばちゃん、最近おらんかったけど、どないしたん?」
市場で馴染みの、野菜売りの露店。
初老の女性が切り盛りするその店に、ルビィはよく買出しに来ていた。
「娘が子供生んだんで、しばらく休ましてもらってたんだよ」
「ホンマに? おめでとさん」
「それが、あんまり喜んでもいられなくてねぇ」
彼女はふぅ、と溜め息を漏らした。
「何かあったん?」
ルビィは心配そうな顔をする。
「ああ、いやね。娘も孫も元気だからいいんだけどねぇ」
「じゃ、どないしたん?」
「それがねぇ―――子供の父親が。子供が出来たって聞いたとたん、逃げ出しちまっていまだ行方知れずなんだよ」
「な、なんで?」
「それがさ、まだ結婚する前に子供が出来ちまったもんで。あっちも怖じけづいたんだろうよ。……男ってのはみんなそうさ。いざって時、全然頼りにならない」
「そんなぁ―――」
ルビィが眉を顰めると、老女は嘆かわしいと頭を振った。
「娘は一人で育てるなんて息巻いてるけどね、どうなることやら。あんたも男には気を付けるんだね」
「うん……」
品物を受け取り、ルビィは歩き出した。
―――ブランクはそういう男やないって思うけどなぁ……。
彼女はぼんやりと考えた。
***
アジトへの道のりを歩く途中、急に目眩がしてルビィは道端にしゃがみ込んだ。
―――何やろ、貧血かな。
「ちょいとあんた、大丈夫かい?」
顔見知りのおばさんに声を掛けられ、ルビィは顔を上げた。
「おやま、顔色が悪いねぇ。どうしたんだい?」
「―――わからんけど……」
ひどく吐き気がする。何か悪いものでも――――
……ん?
待てよ。まさか―――。
「あ、あの、大丈夫やから。ありがとう」
ルビィは立ち上がり、急いでアジトへ戻った。
カレンダーを見てみる。
やっぱりそうかも知れない。
だって、先月、来るべきものが来なかった。
――――まさか。
ルビィの心臓は早鐘のように鳴っていた。
『男ってのはみんなそうさ。いざって時、全然頼りにならない』
さっきの言葉が急に頭の中をリフレインする。
「どないしよ―――」
「何が?」
隣でずっと彼女を観察していたルシェラが尋ねた。
「え? な、何でもない! ほら、早う夕飯の準備しよ?」
「う、うん―――」
やけに突然明るい表情になったルビィを、ルシェラは不審そうに見ていた。
***
こんな時、頼れるのはただ一人。
夕飯の準備が済むと、ルビィは駅前通りの一件の店に向かった。
カランカラン―――と。
いつもと同じドアベルの音も、なぜか違うもののように聞こえるほど。
「おや、ルビィじゃないかい。いらっしゃい」
と、にっこり笑ったのは、元タンタラス団のマリア。彼女の姉のような存在である。
と言うより、現タンタラスのメンバーにとったら、彼女は母親のようなものだった。
何かあったときは彼女に相談するのが彼らの習わしだった。と言っても、いつも優しく相談に乗ってくれるというわけもなく、嵐のようなその性格は彼らの恐怖を買うのに十分ではあったが。
ただ、ボスだとか他の誰にも相談できないことは、必ず彼女が聞いてくれた。
真剣な悩みなら、真剣に聞いてくれた。
開店前の店の中は色々な料理の匂いが混ざっていて、ルビィは思わず顔を顰めた。
「―――どうした? 元気がないね」
マリアはカウンターの向こうから出てくると、彼女の顔を覗き込んだ。
「どうしたの? 具合でも悪いかい?」
優しく問われ、思わずルビィは泣き出しそうになった。
「……マリア姉さん」
「何だい?」
優しく肩に手を回し、マリアは手近にあった椅子を引いてルビィを座らせた。
「うち、うちな―――」
言ってしまうのが恐ろしくて、声が出なかった。
どうしてこんなに恐いんだろう。
―――そうだ、思い違いかも知れないし。大体、そんな……。
マリアは何も尋ねず、隣の椅子に座ってルビィの手を握り締め、待っていてくれた。
「あのな、姉さん」
「ん?」
「うち、その―――」
マリアはじっとルビィを見つめ、そして溜め息をついた。
「あんた、まさか。まさかとは思うけどね」
ビクッとして、ルビィはマリアを見た。
「―――ブランクと、付き合ってるんだって?」
ルビィは恐怖心を目に募らせて彼女を見た。
「何も、怒ってるんじゃないよ」
マリアはにっこり笑った。
「あの子はいい子だし、あたしも好きさ。―――そうじゃなくて」
銀色の頭に手を乗せ、マリアは小声で囁いた。
「出来ちまったんじゃないかい?」
ルビィはがたっと椅子から立ち上がった。
「―――そうなのかい?」
マリアは幾分脱力した顔でルビィを見た。
ルビィは何とも言えず、また座った。
「わからへんねんけど―――」
「心当たりがあるんだね」
ルビィは微かに肯いた。
「あたしも、若い頃は医学をかじったりしたから言うけど……」
マリアはう―――ん、と唸った。
「たぶん、間違いないと思うよ。あんたがここに来たとき、ピンときたのさ」
ルビィは泣き出しそうな顔でマリアを見た。
「姉さん、うち、どないしよ!」
「どうしようったってあんた、ブランクに言えばいいじゃないかい」
マリアは呆れた顔で言った。
「―――」
「言えない理由でもあるのかい?」
「棄てられるかも……」
「―――バカだねぇ!」
いきなり大声で揺さぶられ、ルビィはビクッと顔を上げた。
「そんなわけないだろう? あんた、ブランクが信じられないのかい?」
「そ、そうやないけど―――」
「じゃぁ、そんな失礼な言い方するんじゃないよ」
マリアは溜め息をついた。
「―――ま、早いところ告白しちまった方がいいよ。後になればなるほど、言いづらくなるもんだからね」
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