LOVE&PEACE



<1>



「やっべぇよなぁ……やっぱ」
 ジェフリーが突然、ポツリと呟いた。
「何がヤバイっスか?」
 ラリと顔を見合わせた後、代表してハリーが尋ねる。
 彼ら、女天下のアジトではこうしてのんびり車座になることも出来ないため、ことあるごとに劇場街の裏道にたむろしていた。
 今日も今日とて、人目に付かない裏道で一服やっているのである。
 ―――ただし、本当に「一服」したのは過去一度だけ。
 タンタラスのおかみさん、ジェフリーの母ルビィに猛烈な勢いで怒鳴られ、もう二度とする気にはなれないのだった……。
 概ね、アジトからくすねたおやつをつまみながら、一杯引っ掛けているというのが近い。
 が、本当に本物を引っ掛けようものなら、鬼のようなおかみさんに百叩きされるので、結局お子様用の飲み物をちびちびやっているのであった。
 ジェフリーの姉、リアナにすれば。
「あんたたち、ホントよくわからない。なんでそんな七面倒なことしたいわけ?」
 ということになる。
 が、少年たちは背伸びしたい年頃だった。
 いまいち背伸びできていない感も否めなかったが。
「お〜い、ジェフリー」
 と、ラリが彼の顔の前で手を振る。
「あ〜……俺ってホントアホだよな〜」
 遠い目をしてジェフリー。
「アホずら、確かに」
「アホっスね、ホントに」
「あのなぁ!」
 ジェフリーはいきり立った。
「お前らさ、仲間が落ち込んでる時に、慰めようとか思わないわけ?」
「思わない」
 と、ラリ。
「どうせ、サフィーのことで悩んでんだろ? ジェフリー」
 眼鏡の奥で金褐色の小さな目を意地悪く細め、彼はズバリと言った。
「……お前さ、人を追い込むときだけ普通に喋るクセ、やめろよ」
 ジェフリーはげんなりと友を見た。



 親同士が仲間だった関係で、彼らは赤ん坊の頃から友達だ。
 物心ついた頃には、既に親友だった。
 お互いにお互いのことを、本人よりも理解しているくらいだったりする。
 例えばハリーは、ジェフリーが振られた女の子の数をきちんと数えている。
 ―――連敗記録は38でストップしたらしい。
 ラリはラリで、ジェフリーが今何を悩んでいるのか、しっかり見透かしていた。
 サファイア。
 彼の思考は今、麗しの姫君で100%満タンになっていた。
 ―――元からキャパシティーは大きくないが。



 大体にして、ジェフリーとサファイアの仲はのっけからギクシャクしてしまっていた……と、少なくともジェフリー自身はそう思っていた。
 というのも、遡ること三ヶ月ほど前、サファイアがタンタラスに入団してまだ数日といった頃のこと。
 ジェフリーは何の気なしに、いつも通り、リアナの部屋の扉をひょいっと開けた。
 ノックもなく、声もかけず……である。
 実際今までアジトで暮らしていて、彼は一度もそんな仰々しいことをしたことはなかったし、そもそも、オープンなタンタラスにそんな習慣はなかったのだ。
 ちなみに、ジェフリーはその時、リアナの部屋にもう一人住人が増えたことを完璧に忘れていた。



 つんざくような悲鳴×2がアジトに響き渡り、続いて物が壊れるようなクラッシュ音。
 何事かと駆けつけた面々は、リアナの部屋からものすごい勢いで飛び出してくるガラクタ類と、それを必死に交わしながら、「わざとじゃないって!」と叫ぶジェフリーという、少年漫画の典型的一コマのようなシーンに出くわした。
 姉弟曰く。
「リアナに貸りてた本返しに行っただけなんだって、マジで!」
「着替えの最中にズカズカ入ってくるなっていつも言ってるでしょ、バカジェフリー!」
 サフィーもいるってのに信じられない! と、リアナは鼻息も荒く、怒り振り撒き状態。
「だから! わざとじゃないんだって!」
「嘘ばっかり! 下心見え見えだってのよ!」
「んだと! わざとじゃねぇって言ってんだろ、このブス!」
「なんやて! 脳みそアリんコ並のクセしてっ!」
「わかったわかった、静まれお前ら」
 と、ブランクが間に割って入った。
「お前らは、母さんの腹の中からの仲だ。今更、裸を見た見られたでごたごた言うような間柄じゃないだろうが」
 と言った瞬間、娘から嫌というほど怒号を浴びせられた父一人……。
 それを母親が止めに入り、今度は夫婦喧嘩になっていた。
 ―――これは、かなりお決まりのパターンだったりする。



 その頃から既に何となくギクシャクし始めていた二人の仲は(あくまでジェフリー的に)、それから更にふた月ほど後、ますます悪化してしまう。
 というのも、ジェフリーがサファイアの誕生日を完全に失念したのである。






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