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 夏から秋にかけて、『ピーター・パン』の公演で忙しかったタンタラス。
 サファイアは、九月の末に自分の誕生日があることなど、思い出す暇もなかった。
 なので、十月になって、リアナとジェフリーの誕生日が近づいてきた頃。「サフィーの誕生日は何もしてやれなかったし、一緒に祝うか」とブランクが言い出したとき、少なからずびっくりした。
 そういえば、いつの間にか十五になったのだ、と。
 ふと、ジェフリーを見る。
 せっかく年の差が詰まったのに、もう彼の誕生日が来てしまうのか……と、少し切なくなった。
 で。そんなサファイアよりもっとびっくりしたのは、ジェフリー。
 ―――彼は、大事な恋人の大事な誕生日を、しかも付き合って初めての誕生日を、こともあろうかすっかり忘れていたのだ。
 しまった―――!
 という顔を、サファイアにじっと見つめられ。
 思わず宇宙の果てまで逃げたくなった。



 どうしたものか。
 何とか何事もなかったフリをして、無事に部屋までたどり着いたジェフリー。
 今更プレゼントを買って祝うのも、絶対おかしい。
 かと言ってこのまま放っておいたら、ますます怒り出すかもしれない。
 いや、怒るくらいならいい。
 「アレクサンドリアに帰る!」などと言われたら……。
 ジェフリーは無意識に頭を振った。
 ダメだダメだ! せっかく一緒に暮らせてるのに!
 一度コケたものを、もう一度コケたらもうお終いだ。
 絶対に失敗できない。
 それでなくても、やっとできた彼女なのに!
 なんだって、こんな大事なことを忘れてしまったんだろう。
 サファイアはものすごく怒っているに違いない。
 そういえば、何となく最近態度がよそよそしい。
 当たり前だ、誕生日を忘れる恋人なんてサイアクだ。
 どうすれば機嫌が直るんだろうか?
 どうやって許してもらえばいいのか??



 彼の悩みは永遠に続くかと思われた……。



 で、冒頭のセリフなのである。


「やっぱ、怒ってるよな」
 ジェフリーはちびちびとジュースを飲みながら、ため息混じりに言う。
「そりゃ、怒ってるずら」
「何を怒ってるんっスか?」
 ハリーはピーナッツをつまみながら尋ねる。
「気づいてないずら?」
「何をっスか?」
「先週の水曜日、サフィーの誕生日だったずら」
「あ、そうだったんっスか? そういえばボスがそんなようなこと言ってたっスね」
「で、ジェフリーはそのことをすっかり忘れてたずら」
「え? じゃぁ、何もしてあげなかったんっスか?」
「そうずら」
「それはまずいっスよ」
 ハリーは渋い表情になった。
「女の子って、そういうところうるさいっス」
「それでなくても、あのワガママ姫ずら」
「……そういうこと言うなよ、お前」
 と、幾分覇気はないものの、サファイアのことをかばうのは忘れないジェフリー。
「でも、サフィーさんいい子っスよね」
 ハリーは相変わらずピーナッツを頬張りながら言う。
「舞台の手伝いだって、いっぱいしてくれたっス」
「それに、結構可愛いずら」
 と、ラリは悪戯っぽい目をした。
「ジェフリーがフラれたら、おいら名乗りを上げるずら」
「っ! ふざけんな!」
「あーーーっ!!」
 突然ラリが立ち上がって叫び声をあげた。
「ハリー! 柿ピーのピーナッツ、全部食べたずら?! 柿の種とピーナッツは一緒に食べるから旨いずら! 責任取るずら!!」
「え? そ、そんなこと言われても……」
「柿の種だけ食べても辛いだけずら! どうしてくれるずら!」
「う、うわ、待ってくださいっス、ラリさん!」
 二人は追いかけっこを始め、ジェフリーはぼんやりとその姿を目で追った。
 あれらはもう、役には立つまい……と思いながら。






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