<3>



 タンタラスに入って以来、サファイアはリアナの部屋に同居していた。
 当初は、リンドブルムに実家のある子供たちの誰かを親元に帰そうとしたのだが。
 ハリーは、教会で暮らしていた頃の部屋を、既に年下の少年に譲り渡していた。
 ラリはラリで、家に父親の弟子たちが居候しているので、帰るに帰れないとのこと。
 ジェフリーがとんでもないことを言い出さないうちにと、ルビィは素早く部屋を充てることにした。
 それで、サファイアはリアナと、狭い部屋に二人で押し込められることになったのだった。
 が、彼女たちはなかなか気が合うらしく、狭いスペースをやりくりして、かなり仲良くやっていた。
 もっとも、リアナはその権限により、個室の中ではボス夫婦の次に広い部屋を陣取っていたのだから、部屋はベッドを二つ並べてもまだ余りあるだけの広さを持ち合わせていたのだが。
 ちなみにそこは、彼女の母が少女時代から使っていた部屋だった。



 ただ、月の光が射さないことだけが不満な部屋。
 月の加減で、夜はほとんど真っ暗になってしまうことが多かった。
 しかし、暗闇の中でも、リアナにはサファイアが目を覚ましているらしいことはわかっていた。
 ここ一週間ほど、彼女はあまりよく眠れないようだ。
 たぶん、あのおバカなジェフリーが誕生日を忘れていたせいだろう。
 リアナはそう思って、なるべくそっとしておくに限ると思っていた。
 しかし、今日の夕方、ジェフリーはついにプレゼントを買ってきて、誕生日を忘れたことをストレートに謝ったのだった。
 ―――本当にバカだ、とリアナは思ったけれど。
 ふと、サファイアの様子に違和感を覚えた。
 彼女は怒っていない。思ったより、ちっとも怒っていないのだ。
 怒っていると言うより、ひどく不安げな目をしている。
 あの目を、最近どこかで見たような……。
 リアナは夕飯の間中考えており、おかげで、元気を取り戻したジェフリーと育ち盛りのハリーから、エビフライを二本も盗まれたことに気づかなかった。



 ―――そうか、あの時だ。
 と、彼女が思い当たったのは就寝直前、洗面台で歯を磨いている時だった。
 そのため、その日は先に床についたサファイアに話しかける機会を持てなかった。
 しかし、サファイアはここ数日と同じく、全く寝付いた気配がない。
 今しかないかもしれない、と、リアナは思った。
「サフィー」
 彼女は小さな声で呼びかけた。
「眠れないの?」
 サファイアは息を呑み、そろりと寝返りを打った。
「ごめん……気になる?」
 微かな明かりの中で、サファイアの青い目がすまなそうにリアナを見ているのがわかった。
「うんん、大丈夫。それより、どうしたの? 最近おかしいよ、サフィー」
 リアナが尋ねれば、サファイアはますます困った顔になる。
「ごめん……なんでもないの」
「嘘ばっかり。ねぇ、こっち来る?」
 リアナは掛け布団を片手で持ち上げて、サファイアを手招きした。
 サファイアは目を丸くする。
「でも……」
「おいでよ。ゆっくり話ししよう?」
 サファイアはしばらくどうしようかと考えた挙句、頷いた。
 枕を抱えると、リアナのベッドに潜り込む。
「えへへ。なんか、お姉さまのこと思い出しちゃうな」
「わたしも、妹ができたみたいで嬉しいんだよ」
 リアナはブルーグレーの瞳で、すぐ側にあるサファイアの目をじっと見つめた。
「子供のころね、母さんに『妹が欲しい』って駄々こねたことがあってさ、わたし。でも、母さんは、わたしたちを生んだ後、子供ができない体になっちゃったでしょ? だから、結局妹は来なかった」
 サファイアは、一瞬息を詰めた。
「だからさ、サフィーが来てくれて、わたし本当に嬉しいんだよ。本当に、妹みたいに思ってる」
 リアナはサファイアの金髪頭に手を載せた。
「わたしには、何でも話して欲しいな」
 サファイアが眉を寄せて悩む間、リアナは黙って短い金髪を指で梳いていた。
「あのね」
 サファイアは、ついに小さく囁いた。
「あたし……見ちゃったの」
「見た? 何を?」
「……」
「サフィー」
 リアナは起き上がった。
「わたし思ったんだけど、この間の公演の打ち上げの時から、なんか様子おかしくなかった?」
 サファイアも起き上がった。
「……うん」
 観念したように頷く。
「打ち上げの準備の時、あたし、部屋にはさみを取りに行って……」






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