<4> * 『ピーター・パン』千秋楽の日。 子供たちは、芝居がはけた後、夕方から始まる打ち上げの準備をしていた。 飾りつけに使う花の枝を切るために、サファイアははさみを探しに部屋へ行った。 リアナの机の中を探したが、目的のものは見つからなかった。 「おかしいなぁ……ジェフリーの部屋かしら」 サファイアは部屋を出て、廊下の向こう側、ジェフリーの部屋へ入った。 別段珍しいことではない。 サファイアもこの部屋には何度も入っていたし、ボス夫婦の部屋から最も遠いこの部屋は、子供たちの格好の溜まり場だった。 ちなみに、この狭い部屋は昔、彼と彼女の父親たちが、それぞれ結婚するまで暮らしていた部屋だった。 彼女は真っ直ぐ引き出しに向かい、一番上から中身を探り出した。 そして、二番目の引き出しを開けた時。 引き出しの奥のほうに、ちらりと場違いな色を見たのだ。 サファイアは何の気なしに、その色を指で引っ張り出した。 ―――封筒だった。 小さな可愛らしい手跡で宛名書きされた、淡いピンク色の、ご丁寧なまでにそれらしい封筒。 サファイアは穴の開くほどじっと、その封筒を見つめた。 思わず裏返す。 そこにはやはり、女の子の名が記されていた。 背中をつっと、冷たいものが流れた気がした。 サファイアは何度も、唾を飲み込んだ。 しかし、指は無意識に封筒を開け、便箋を取り出そうとする。 ―――人の手紙を読むなんて、プライバシーの侵害だ。 サファイアは、心臓が凍るような感覚を覚えた。 封筒を元通りにし、再び引き出しの中に仕舞うと、サファイアは夢うつつのような足取りで居間に戻った。 「あれ、サフィー。はさみは?」 リアナに首を傾げられ、サファイアははっとした。 「ごめん、リアナの机の中になかったから……」 「あれ? おかしいな。ジェフリー、あんた持ってる?」 「いや、俺じゃないと思うけど……サフィー、俺の部屋にはなかった?」 サファイアは小さく頷いた。 「あ、俺っス!」 突然ハリーが立ち上がった。 「ごめんなさいっス、サフィーさん! 俺が借りたまんまっス」 「あ、そうだったんだ」 サファイアは曖昧に笑った。 「じゃぁ、取ってくるよ」 サファイアは、リアナの不審そうな目を背中に受けながら、再び階段を上っていった。 * 「でも、それだけならよかったの」 と、サファイアは涙の滲みかけた青い目を伏せた。 「それから三日くらいして、ジェフリーが女の子と歩いてるところを見ちゃって」 「まさか! あいつが?」 サファイアは、無意識に抱き寄せた枕に、半ばうずくまったまま頷いた。 「手紙の子だった」 「な、まさか!」 「ジェフリーが、その子の名前呼んでたから」 間違いないと思う、と、サファイアはぽそりと付け加えた。 「でも、だって……」 リアナは何と言ったらいいかわからず、サファイアの手を握り締めた。 「あたしが子供っぽいからいけないんだと思う」 サファイアは苦しげに呟いた。 「あたし、ジェフリーに何もしてあげられないし……お父さまとも約束しちゃったし」 サファイアがせめて二十歳になるまでは、アレクサンドリアの伝統を守ると。 リンドブルムではあまりに古臭い伝統だったが、心配性の父は娘の恋人に誓わせたのだ。 彼女の純潔を、傷つけるような真似は決してするな、と。 ―――もし破った時は、命はないと思え。 その時、ジェフリーが殊更真面目な顔で頷いたので、サファイアは嬉しかった。 彼が自分のことを大事にしてくれることが、とても嬉しかった。 なのに。 今はそれがこんなに辛い。 もし、リンドブルムの普通の女の子と付き合っていたら、ジェフリーは約束なんかに縛られることなく、自由にできる。 例えば、あの綺麗な女の子と付き合ってたら……。 サファイアは唇をかみ締め、肩を震わせた。 ぽろぽろと、頬を伝って小さな雫が零れ落ちた。 「サフィー……」 リアナはぎゅっとサファイアを抱きしめた。 「あたし、どうしたらいいかわからないの」 サファイアは痛む胸を押さえたまま言った。 「早く、大人になりたい……」 それは、心の傷から流れ出る、血のような叫びだった。 リアナは、その晩サファイアを抱きしめて眠った。 |