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     *



 『ピーター・パン』千秋楽の日。
 子供たちは、芝居がはけた後、夕方から始まる打ち上げの準備をしていた。
 飾りつけに使う花の枝を切るために、サファイアははさみを探しに部屋へ行った。
 リアナの机の中を探したが、目的のものは見つからなかった。
「おかしいなぁ……ジェフリーの部屋かしら」
 サファイアは部屋を出て、廊下の向こう側、ジェフリーの部屋へ入った。
 別段珍しいことではない。
 サファイアもこの部屋には何度も入っていたし、ボス夫婦の部屋から最も遠いこの部屋は、子供たちの格好の溜まり場だった。
 ちなみに、この狭い部屋は昔、彼と彼女の父親たちが、それぞれ結婚するまで暮らしていた部屋だった。
 彼女は真っ直ぐ引き出しに向かい、一番上から中身を探り出した。
 そして、二番目の引き出しを開けた時。
 引き出しの奥のほうに、ちらりと場違いな色を見たのだ。
 サファイアは何の気なしに、その色を指で引っ張り出した。
 ―――封筒だった。
 小さな可愛らしい手跡で宛名書きされた、淡いピンク色の、ご丁寧なまでにそれらしい封筒。
 サファイアは穴の開くほどじっと、その封筒を見つめた。
 思わず裏返す。
 そこにはやはり、女の子の名が記されていた。
 背中をつっと、冷たいものが流れた気がした。
 サファイアは何度も、唾を飲み込んだ。
 しかし、指は無意識に封筒を開け、便箋を取り出そうとする。
 ―――人の手紙を読むなんて、プライバシーの侵害だ。
 サファイアは、心臓が凍るような感覚を覚えた。
 封筒を元通りにし、再び引き出しの中に仕舞うと、サファイアは夢うつつのような足取りで居間に戻った。
「あれ、サフィー。はさみは?」
 リアナに首を傾げられ、サファイアははっとした。
「ごめん、リアナの机の中になかったから……」
「あれ? おかしいな。ジェフリー、あんた持ってる?」
「いや、俺じゃないと思うけど……サフィー、俺の部屋にはなかった?」
 サファイアは小さく頷いた。
「あ、俺っス!」
 突然ハリーが立ち上がった。
「ごめんなさいっス、サフィーさん! 俺が借りたまんまっス」
「あ、そうだったんだ」
 サファイアは曖昧に笑った。
「じゃぁ、取ってくるよ」
 サファイアは、リアナの不審そうな目を背中に受けながら、再び階段を上っていった。



     *



「でも、それだけならよかったの」
 と、サファイアは涙の滲みかけた青い目を伏せた。
「それから三日くらいして、ジェフリーが女の子と歩いてるところを見ちゃって」
「まさか! あいつが?」
 サファイアは、無意識に抱き寄せた枕に、半ばうずくまったまま頷いた。
「手紙の子だった」
「な、まさか!」
「ジェフリーが、その子の名前呼んでたから」
 間違いないと思う、と、サファイアはぽそりと付け加えた。
「でも、だって……」
 リアナは何と言ったらいいかわからず、サファイアの手を握り締めた。
「あたしが子供っぽいからいけないんだと思う」
 サファイアは苦しげに呟いた。
「あたし、ジェフリーに何もしてあげられないし……お父さまとも約束しちゃったし」
 サファイアがせめて二十歳になるまでは、アレクサンドリアの伝統を守ると。
 リンドブルムではあまりに古臭い伝統だったが、心配性の父は娘の恋人に誓わせたのだ。
 彼女の純潔を、傷つけるような真似は決してするな、と。
 ―――もし破った時は、命はないと思え。
 その時、ジェフリーが殊更真面目な顔で頷いたので、サファイアは嬉しかった。
 彼が自分のことを大事にしてくれることが、とても嬉しかった。



 なのに。
 今はそれがこんなに辛い。
 もし、リンドブルムの普通の女の子と付き合っていたら、ジェフリーは約束なんかに縛られることなく、自由にできる。
 例えば、あの綺麗な女の子と付き合ってたら……。



 サファイアは唇をかみ締め、肩を震わせた。
 ぽろぽろと、頬を伝って小さな雫が零れ落ちた。
「サフィー……」
 リアナはぎゅっとサファイアを抱きしめた。
「あたし、どうしたらいいかわからないの」
 サファイアは痛む胸を押さえたまま言った。
「早く、大人になりたい……」
 それは、心の傷から流れ出る、血のような叫びだった。



 リアナは、その晩サファイアを抱きしめて眠った。






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