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 翌朝、ジェフリーは姉のリアナまで様子がおかしいことを察知した。
 何か言いたげな目で、始終弟に目配せしている。
 逆に、サファイアはここ数日よりずっと落ち着き、何となくスッキリした顔をしていた。
 それが、さらにジェフリーを混乱させた。
 彼女はいつもと変わらず笑ったり喋ったりしていたが、ジェフリーと目を合わせようとしないのだ。
 昨日の自分の謝罪が彼女にあまり効果を与えなかったことを、彼は悟らざるを得なかった。



 もしかしたら……と、ちらりと思う。
 サファイアは、自分のことをもう好きではなくなったのかもしれない。
 確かに、彼女がリンドブルムに来てからこちら、恋人らしいことは何もしてあげていない。
 それどころか、忙しさにかまけて誕生日も忘れ去っていたぐらいなのだ。
 嫌われても仕方ないと思う。
 もう二度と振り向いてもらえなくても、それは彼女のせいではなく、自分が悪いのだ。
 ―――と、頭ではそう思うのに。
 心の方は、その思考にはついてこなかった。



 柄にもなく塞いだ気持ちのまま、ジェフリーはハリーやラリと連れ立って、劇場艇の修繕を手伝いに行った。
 が、あまりに上の空なので、ブランクにトンカチを取り上げられた。
「ぼさっとしてるな。指叩くぞ」
 ジェフリーはぼんやりと父親の顔を眺めるだけ。
「どうした、熱でもあるんじゃねぇのか?」
「バカは風邪ひかないずら、ボス」
 と、エンジンコックから ソバカス顔を出して、ラリが言う。
 父親に似て器用な彼は、劇場艇のエンジンルームを任されていた。
「ジェフリー、サフィーに振られたずら」
 ラリが悪戯っぽく目を光らせると、ブランクは明らかに渋い顔をした。
「ほ〜ぉ」
 またか、という意のこもった相槌。
「二、三日すれば治るずら」
「そうだな、放っておくに限る」
 肩をすくめた父親を、ジェフリーは見ているのか見ていないのか、相変わらずぼんやりしている。
「使い物にならない奴は邪魔だ。アジトに帰って寝てやがれ」
 ブランクは、ぐいぐいと茶色い頭を揺さぶった。
 そのままポンポン叩いてやると、ようやく息子は瞬きした。
「お前、本当にサフィーに振られたのか?」
「……いや、わかんない」
「あの直情型の性格からいったら、振るときは振るって、キッパリ言うと思うぞ」
「……うん」
 ジェフリーは手近にあった木箱に腰掛けた。
「あのさ、親父」
「なんだ?」
「……ちょっと、帰りづらいんだけどさ……ここにいてもいい?」



***



 その頃、アジトでは。
 サファイアに口止めされてしまったお蔭で、当人比−120%くらい元気のない弟に何も言ってやれなかったリアナが、猛烈な勢いで皿洗いの当番をこなしていた。
 ちなみに、アジトの皿洗い係はもっとも嫌がられる仕事の一つ。
 皿やら鍋やらの量が尋常ではないのだ。
 こういうとき猛烈に仕事をするあたり、彼女は母親によく似ていた。
 そして、ダイニングのテーブルでは、その母親がこりこりと何やら書き綴っていた。
「何書いてるの?」
 リアナは濡れた両手を布巾で拭きながら母親に尋ねた。
「ん? ちょっとな、手紙を」
「手紙? 誰に?」
「ん〜、ジタンに」
「おじさんに?」
 リアナは一瞬目を丸くした。
「珍しいね、母さんがおじさんに手紙なんて」
「そうでもないで。昔はよう書いたもんや」
「へ〜」
 リアナは母の向かいに腰掛けた。
「で、何て書いてるの?」
「まぁ、サフィーのことやけどね」
「……だよねぇ」
 リアナは頬杖をついたまま頷いた。
「心配してるんだろうな、おじさん。すっごく可愛がってたもんね」
 ルビィは穏やかに微笑んだ。
 彼女は旧友に、ここ数日の彼の娘の様子について、事細かに書き伝えていた。


 明らかに様子がおかしい。
 夜中に一人で泣いている節がある。
 たぶん、ジェフリーが関わっているかもしれない。
 でも、息子の様子からして大したことがあったとは思えない。
 自分たちでは手に負えないので、暇があったらこっちに顔を出して欲しい。


 ブランクと相談した結果、こういうことは育てた親が一番適役だろうということになったのだ。
 本来なら母親に来てもらいたいところなのだが、この際父親でも我慢するしかない、と。
 後でジタンが聞いたら、「ひどいことを言う」と怒り出すだろうとルビィは思った。
 でも、彼はもう子供のころのようには腹を立てなくなっていた。
 みな、大人になってしまったのだ。
 こんなに大きな子供がいるような年齢に。



 翌日の夕方ごろ、アジトには金髪にシッポの人間がもう一人増えていた。
 ―――元祖、シッポ人間が。






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