<6>



 久しぶりに会うということで、アジトには珍しく、マーカスやシナも来ていた。
 五人寄れば酒宴。
 こういうとき、子供のころから被害を被ってきたリアナやジェフリーは、心得てサッと逃げていった。
 サファイアもリアナと一緒に部屋へ帰りたかったのだが、ジタンが離さなかった。
「どうだぁ、サフィー? ホームシックは治ったか?」
「ちょっとお父さまってば、離してよ〜!」
「なんだよ、連れないなぁ。そういうところ母さんに似てるよな〜」
 ケラケラ笑い出した父親に、サファイアは特大のため息をついた。
 どうしてこう、だらしないのだろう……と。
 ブランクが察してひょいっとジタンのグラスを取り上げる。
「お前な。いい加減にしろよ、サフィーはもう膝に乗せるような年じゃないんだぞ」
「まだまだ可愛い子供だよ〜。な、サフィー?」
「もう、お父さまお酒臭いっ!」
 ぎゅ〜っと抱きついてくる父親からじたばた逃げ出そうとしていると、ラリが苦笑して腕を引っ張ってくれた。
 ようやく開放され、サファイアはふぅ、と安堵の息をついた。
「あ、ありがとう……」
「中途半端に酒に強い父親ってのも考えもんずらね」
 ラリは、既に床に伸びている自分の父親を振り返った。
「おいらは、絡まれたことなんて一度もないずら」
「うちは結構始終だったよ。お父さま、城下町でも呑んで来るから」
 ちらりと目を向けると、サファイアに逃げられたジタンは、今度はハリーをとっ捕まえて遊んでいた。
 生真面目な少年は、一生懸命相手をしている。
 不憫な……と、サファイアは脱力した。
「まぁ、放っといたらいいずら。遅かれ早かれ、全員床に伸びて寝るずら」
「……うん」
「それじゃ、おいらたちもさっさとズラカるずら。片付けやらされるずら」
 ラリはサファイアの手を取ると、居間を出た。
 階段はほの暗く、居間の戸の隙間から漏れた明かりで、前を行く人物が微かに見えるだけ。
 サファイアは、なぜかどぎまぎした。
 背の高い、年上の少年。
 握られた、大きな手。
 でも、とある人物が彼女の心を揺り動かすようには、彼女の心は揺れなかった。
 ―――その人は、彼女にとって特別な人だったから。
 自分が自分で在ることを、否定しなくていいんだと教えてくれた人。
 重すぎる自分の血を、背負ってやると言ってくれた人。
 一緒に歩こうと言ってくれた人……
「サフィー」
 いつの間にか、廊下の真ん中でラリは立ち止まり、サファイアをじっと見つめていた。
「そんなに、悲しい?」
 部屋にいる双子の姉弟に聞こえないだろう程に、彼は小さな声で尋ねた。
 思わず、ぴくりと肩を揺らす。
 反動で、頬から涙が、重力に従って落ちた。
「あいつは子供だよ。いつまでたっても、先回りの利かないバカな奴だ。今だって、たぶんストレートに落ち込んでるだけ。何にもわかっちゃいないんだよ、結局あいつは」
 突然切り出された話に、サファイアは何度も瞬きを繰り返した。
「はっきり、言葉とか態度とかで示してもらわなけりゃ、何も気付かないで通り過ぎるよ。そういう奴だから、あいつ」
 サファイアは微かに頷いた。
 それは、言われなくても知っていた気がする。
 初めて会った時から、本当に真っ直ぐ人の心に刺さってくる奴だと思ったから。
 でも、同時にすべて見透かされたとも感じた。―――真っ直ぐに、穢れなく。
 俯いてしまった、まだ幼さの残る少女に。
「だから、そんなに泣くほど悲しいなら、はっきり示してやれよ。あんたがどういう想いを抱いてるのか、さ。あいつにもわかるように」
 ラリは、そう言い渡した。



 サファイアは、ジェフリーの部屋の戸の前に立ち尽くしていた。
 ラリが彼女をここに置き去りにしたのは、もう半時も前だ。
 どうしたらいいのかわからず、彼女はずっと、彼との間を隔てる戸と睨み合っていた。
 そうするうちに、彼女の胸には、ここ数日付き纏い続けた暗い感情が再び流れ始めた。
 やはり、自分は幼すぎるのではないか。
 または、重すぎるのではないか。
 そうだ。
 この、澱んだように流れる血は、確かに彼には重すぎる。
 重い、重い血の流れを。
 魂を、人生を。
 彼に背負わせたくはない。
 もう、辛い思いはしたくない。
 でも。
 心が、身体が、自分の全てが、彼を求めて止まないのだ。



 サファイアは静かにドアをノックした。






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