<7> 「はい?」 と、顔を出したジェフリーは一瞬固まった。 暗澹たる表情のサファイアが、驚くほど透き通った青い瞳で彼を見上げていた。 目に、異様な決意を感じる。 ジェフリーは、喉に何かが詰まったように声が出なかった。 しばらくして、サファイアが口を開いた。 「入ってもいい?」 「え? あ、ど、どうぞ! 散らかってるけど!」 ジェフリーは慌ててサファイアを部屋へ招き入れた。 スタスタと部屋の真ん中まで歩くと、サファイアはくるりと振り向いた。 無機質な瞳が、彼を見つめていた。 ぞっと、背筋が凍る。 もう随分、こんな目をしたところを見たことがなかった。 こんな目をさせたのは、自分だ……。 ついに突きつけられる言葉を、ジェフリーは堪えられそうになかった。 だから、俯いて目を閉じた。 ぎゅっとこぶしを握り締め、彼は最後通牒を待った。 しかし。 彼女はいつまでたってもじっと黙っている。 不意に衣擦れの音がして、ジェフリーははっと目を上げた。 「サフィー?」 俄かには信じ難い光景に、とっさに目を逸らす。 「な、何してるんだよっ」 「あたし、決めたの」 抑揚のない声が彼女の決意を伝える。 「あなたが望むことは、何でもしようって。大人になろうって、決めたの」 次第に声が震えだす。泣き出しそうな声で、彼女は必死に言葉を紡いだ。 「……あなたが必要なの、あたしには。ずっと、繋ぎとめておきたいの。……あたしは、あなたが好きだから。好きだから、だから……」 ―――ついに、声は途切れた。 後には、刺さるような沈黙だけが残される。 ほんの一瞬が、何万光年もの長さに思えるほど。 ジェフリーは思い切って、彼女に向き直った。 床に落ちた彼女のシャツを拾い上げ、震える肩に掛けてやる。 サファイアは怯えたようにぎゅっと目を閉じていた。 「サフィー」 できるだけ、優しく呼びかける。 サファイアは恐る恐る目を開けた。 「……バカだな」 ―――俺が。 この子にこんなことまでさせるなんて、なんて俺はバカなんだ。 ジェフリーは思わずサファイアを抱きしめた。 「バカだな、ホントに! 何やってんだよ、まったく」 「だって……っ!」 サファイアはすすり泣き始めた。 「こうでもしなきゃ……っく、あなたを振り向かせられないって……ひっく、思ったからっ!」 「こんなことしなくたって、俺はお前しか見てないよ」 「嘘よ!」 不意に強い否定の言葉。 「だって、だって……ひっく、見ちゃったもん、あなたが誰か女の子と、っく、歩いてるところ」 「はぁ?」 ジェフリーは思わずサファイアを引き離した。 「俺が誰と?」 「知らない。可愛い子だった……ひっく」 サファイアは頬を伝う涙を手の甲で拭った。 「手紙、もらったんでしょ?」 手紙? 手紙、手紙……。 「あぁぁぁぁぁぁっ!」 突然叫び声を上げたジェフリーに、心底不審そうなサファイアの目。 「うわっ、いや、それ違うって!」 「何が違うの?」 「その子は、いやまぁ、その、確かに手紙はもらったけど」 ……好きだって書いてあったけど、と、正直に付け加えるジェフリー。 「ほら、ピーター・パンやっただろ? あの舞台を見に来てくれたらしくてさ、それで手紙くれたんだよ、うん」 |