<8> * 好きだと書かれた手紙を見て、ジェフリーは度肝を抜かれた。 生まれてこの方、ラブレターをもらったのは初めてだ。 前の自分だったら、小躍りして喜んだかもしれない。 でも、今はもう状況が違った。―――状況だけでなく、自分の心も。 彼の心は、すべてある姫君のために在るようなものだった。 彼は貰った手紙を引き出しに仕舞い、機会があったら本人に返すことに決めた。 もし迷惑だったら焼いて欲しいと手紙には書いてあったが、貰った気持ちをちゃんと本人に返さなければ気が済まなかった。 そうしなければ、サファイアに好きだと言うことさえ憚られる気がしたから。 数日後、劇場の前で声を掛けられた。 手紙をくれた少女だった。 彼は一度アジトの部屋まで戻ると、例の手紙を手に戻った。 手紙は返す。好きな人がいるから。 そう伝えた。 彼女はわかってくれ、それでも、これからもファンでいたいと言ってくれた。 応援なら喜んで貰うと、彼は答えた。 * 「で、そこをあたしがたまたま見たの?」 「そういうことになるな」 ジェフリーは納得顔で頷いた。 が、はっとしてまたサファイアを見る。 「いや、ホントの話だからな! ウソついてないぞ!」 「……うん、わかってる」 彼の姉から、ウソをつくときには鼻がピクピクいうと教わっていたので、サファイアはげんなりと頷いた。 それでは、その頃から急に自分を避けるようになったと思ったのは、自分の気のせいだったのか。 「なんだぁ……もう」 思わず、再び涙ぐんでしまう。 なんてバカなことを悩んでいたんだろう。 早く訊くんだった。 「サ、サフィー? ごめん、ごめんな!」 またもや泣き出した恋人に、思い切り慌てるジェフリー。 「ホントにごめんっ!」 突然謝り方がエスカレートしたので、サファイアは首を傾げて彼を見上げる。 彼女のその表情に、溜め込んでいた言葉が押されるように飛び出した。 「俺さ、もうダメだと思ってたんだ。誕生日忘れたりして。ホントに悪かったと思ってる」 必死のジェフリーに、サファイアはキョトンとした顔。 「ああ、そのことならもういいわよ。ちゃんとプレゼントまでくれて、ありがとう」 彼女は、何も気にしていない顔で笑った。 「……え?」 ジェフリーは呆然とその顔を眺めた。 「怒ってない、もしかして?」 「別に怒ってなんかないわよ。自分でも忘れてたくらいだもの」 「……そうなの?」 「ええ、そうよ」 「……」 それでは。 彼女は怒っていたわけでも、自分を嫌いになったわけでもなかったのか。 ただ、不安がっていただけだったのか……! ジェフリーは何度か深呼吸し、悪夢が去ったことを確認した。 ここ数日のもやもやをようやく全部飲み込んでしまうと、途端に力が抜けた。 「なんだぁぁぁ……」 「きゃぁっ」 肩に掛けただけだったサファイアの白いシャツがもう少しで再び落ちそうになり、サファイアは小さく悲鳴を上げて前を合わせる。 ジェフリーは焦って立ち上がると、袖を通させてご丁寧にボタンまで掛けてやった。 「まったく、とんだこと考えたな。オジキが見たら卒倒しちまうぜ」 「だって……」 サファイアは真っ赤になって俯いた。 「あたし何もしてあげられないから……嫌だろうと思って」 「嫌だったら、最初から背負うなんて言わない」 ジェフリーは少し屈み、サファイアの顔を覗き込む。 その顔は、存外に真剣だった。 「俺は、ちゃんと待ってるよ」 彼はそっと、薔薇の蕾のような唇に触れた。 「ずっと待ってるからさ」 サファイアは、すぐ側にある褐色の瞳に照れたような笑みを浮かべ、やがて睫を伏せた。 |