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 一方ガーネットは。
 夕刻頃、両親の墓前に花を手向けに参り、彼女は明日が結婚式だと二人に告げた。

 胸のざわめきは時を追うごとに深まっていた。
 ざわざわと、まるで治まることなく彼女の心を乱した。
 小さく、溜め息を漏らす。
 彼女の様子がおかしいことに気付いたのはベアトリクスだけで、彼女は立ち入ったことは一言も言わないので、ガーネットは随分助かっていた。
 もし。
 本当の気持ちを口にしたら、それこそ城内は大騒ぎになるだろう。

 ―――本当の、気持ち。

「お母さま、思うように生きなさいっておっしゃってくださったでしょう? その言葉の意味、やっと少しは理解できるようになったと思ってたの。わたしね、今、とても幸せ。思う通りに、愛する人と結婚できるんだもの」
 ガーネットは小さく囁く。
「それなのに、心の中が渦巻いたように騒ぐの。彼を籠に捕らえていいのか、って。彼の自由を奪っていいのか、って……。お母さまは、お父さまと結婚なさる時どんな気持ちだったのかしら……」

 父は、騎士団の人間だった。
 見初めた母の気持ちを汲んだ祖母が父と母を引き合わせ、結婚に漕ぎ着けたと聞いている。
 ―――母はどんな気持ちがしたのだろう。
 自分が想ったばかりに国王となり、剣士の道を捨てた父の人生に。
 その結果、早くに命を落としてしまった父の行く末に。
 結婚前夜、彼女は何を思っただろうか……。

「もう、聞くことは出来ないのね」
 ガーネットは寂しさのこもった声で呟いた。
「わたしは、後悔するかしら」
 彼を縛りつけた自分を悔いるだろうか。
 彼を愛してしまった自分を……
 ガーネットは頭を振った。
「そんなこと、考えてはダメだわ!」
 立ち上がる。
 湖から涼しげな風が吹き込んできた。
 水面の向こうに見えるアレクサンドリア城。
 明日の大イベントを控え、いつもの落ち着いた雰囲気が薄れている。
 ―――胸が騒ぐ。
 ガーネットは俯いて、息を吐いた。
 どうしたのだろう。
 ついこの間まで、そんな迷いは一筋もなかったのに。
 幸せそうに笑う彼に、自分もあんなに浮き立っていたのに。
 その日が間近になって、今になって、こんなにも恐ろしくなるなんて……。
「間違っているのかしら―――間違いだったのかしら……?」

 わたしたちが出会ったこと。
 わたしたちが求め合ったこと。
 わたしたちが―――愛し合ったこと。
 すべては間違いだった?
 こうして傍にいたいと思うことは間違いなの?

 ガーネットはもう一度、墓前を振り返った。
「お母さま……」
 答えは返らない。

 ガーネットは再び石畳を踏みしめ、城への帰り道を急いだ。
 遅くなれば、ベアトリクスたちが心配する。
 何かあったのかと問われて平生でいられる自信はない。
 ガーネットは胸に手を当て、騒ぎを鎮めようと努力したが無駄だった。



 やがて、彼のいない最後の夜が訪れた。







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