<3>
気分が高揚しているせいか、それとも心の中を占拠した惑いのせいか、ガーネットはちっとも眠れなかった。
僅かな月明かりの中、黒い瞳をぱっちりと開き、十六年間寝起きした部屋の天井を眺めていた。
これでよかったのだろうか。
他に何かもっと良い方法があったのではないだろうか。
天井をいくら眺めても答えは出なかった。
―――そっと、部屋の扉が開く。
足音はない。
「ジタン」
ガーネットはほんの小声で名を呼んだ。
「あれ? 起きてたの?」
と、ジタンは少しがっかりしたような声で言う。
今度は大胆な足取りでガーネットの寝台へ近寄り、腰掛けた。
「ええ、眠れないもの」
「それじゃ、添い寝してあげようか」
ガーネットはクスクス笑う。
「子供じゃない、って言わないのか?」
おどけた響きを込めて言うジタンの腕を軽く叩き、ガーネットはまだ笑っていた。
「ねぇ、どうして帰ってきたの? 今日は向こうで独身最後の夜を過ごすんじゃなかったの?」
「そんなのどうでもいいんだ。それよりダガーの傍にいたいのさ」
屈み込んでガーネットの額にキスし、ジタンはゆっくりと辺りを見回した。
「この部屋とも今日でお別れだな」
「あなたは別に使ってなかったじゃない」
と、笑うガーネット。
「でもさ、この部屋ってやっぱりオレにとっても特別なんだ。ダガーが外の世界に行く決心をした部屋、オレのことを待ってくれた部屋、オレが忍び込んだ部―――」
「もう、ジタン!」
と、枕が一つ飛ぶ。
「イテ。あっちの部屋って忍び込む隙間がないからなぁ」
「もう忍び込まなくていいじゃない、だって」
ガーネットは目を細めて微笑みながら言った。
黒い瞳がキラキラ輝いて、とても綺麗な笑顔。
でも、どこか寂しげな顔。
「ダガーさ、なんか悩んでる?」
不意に聞かれ、ガーネットは一瞬息を呑んだ。
「ど、どうして?」
「そんな気がする」
突然真剣みを帯びた青い瞳が苦しくて、ガーネットは寝返りを打った。
「ダガー?」
嘘はつきたくない。けれど、自分の気持ちを赤裸々に話してしまうのも憚られる気がする。
幸せな気持ちに、偽りはないのに。
「準備とかいろいろ忙しくて、ちょっと疲れてるだけだと思うわ」
「大丈夫か? 明日が本番だぜ?」
「ええ、大丈夫よ」
もう一度寝返りを打って、今度はちゃんと目を見る。
心配そうな表情が妙に子供っぽくて、ガーネットは思わず笑ってしまった。
「もう寝たほうがいいな。明日は朝早いしさ」
と、ジタンは壁に掛けられた白いドレスを見つめた。
明日彼女はこの部屋で目を覚まし、このドレスを纏って自分の方へ歩いてくる。
もう、この部屋には戻らない。永遠に、自分の腕の中だ。
「そうね、寝るわ」
ガーネットは微笑んでそう告げると、ゆっくり目を閉じた。
もう一度額に口付けし、おやすみ、と囁くとジタンはガーネットの部屋を後にした。
廊下に出てみると、明日の準備があるのか厨房の方は大騒ぎの体らしく、ガチャガチャと食器がぶつかり合うような音がしている。
張り切るクイナの姿を思い浮かべて、ジタンは思わず微笑んだ。
他にも、あちこちで物を引きずるような音がしたり、衣擦れのような音がしたり、低い声で話し合う人々の声がしたり。
いつになく落ち着きのない城の中で、もしかしたら当の本人である自分が一番落ち着いているのではないかとジタンは考えたほどだった。
……もちろん、そんなわけもないのだが。
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