Sarah




<1>



 柔らかな冬の陽光が大きな窓いっぱいに射し込んで、部屋中金色に輝かんばかりの暖かさに満ちている。
 クリスマスに贈られた戯曲数冊のうち最後の一冊を読みながら、エメラルドは外から聞こえてくる歓声を聞くともなしに聞いていた。
 弟とスタイナー家の三兄弟が船着き場で遊んでいるのだろう。時折上がる笑い声は随分と楽しげだった。
 男の子と一緒に遊びたいとは思わないが、時には共にお転婆出来るような友人の一人や二人、欲しいという気持ちもあった。
 小さな妹サファイアでは、少々じゃじゃ馬が過ぎて遊び相手にはならないし……と。
 それを見越した母親がブルメシア竜騎士夫婦の三つ子の娘をアレクサンドリアに呼び寄せ、幾晩か泊まらせたりもしていたが、友達となるには住む地域が少し離れすぎていた。
 そんなわけで、齢七つのエメラルドにとっては本が大の親友であり、図書館に通って子供向けの戯曲集を余さず読み尽くしてしまったのだった。
「姉上、またご本読んでるの?」
 部屋の戸を開け、弟のダイアンが顔を出した。
 色白の彼は、冬の冷たい風に当てられて頬を真っ赤に染めていた。
「あら、もう帰ってきたの?」
 エメラルドは本から目を上げ、弟に笑いかけた。
「うん。もうじきお茶の時間だよって、母上が」
 柱に掛かっている時計に目をやり、エメラルドは微かに息を呑んだ。
「もうこんな時間!」
「そんなにおもしろい、ご本って?」
 ダイアンは窓辺に歩み寄り、姉の手元を覗き込んだ。
「とても面白いわよ。あなたも読んでみる?」
「うん!」
 弟の純粋な従順さはいつも姉を喜ばせる。
 エメラルドは立ち上がり、本棚に向かって、五歳の弟にはどの本が面白いだろうかと頭を捻りだした。
 小さな童話を手に取りつつ、
「今日は何して遊んできたの、ダイアン?」
 ほぼ毎日、ダイアンはこうしてエメラルドからその日何をしたか尋ねられる。
「今日はカードゲームだよ」
「そう、クリスマスに新しいカードをもらったものね」
「うん。でもね、ウィルに取られちゃったよ。ウィルの父上は僕からカードを取り上げるなんてって、いっつもウィルを叱るんだけど。父上が『ゲームだからって甘い顔をするべきじゃない、厳しい現実を知るいい機会だ』っておっしゃたんだ。でも、キビシイゲンジツってどういう意味かな? よくわからないけど、ウィルのが強いからみんな取られちゃうんだよ」
 と、がっかりの表情。
「取り返せるように頑張ってみたら?」
「うん。父上が教えてくれるっておっしゃったんだけど、今それどころじゃないんだ」
「どういうこと?」
 エメラルドが本を数冊手にしたまま振り向いたとき、同時に部屋の扉が勢いよく開いた。
「きゃ〜〜!!」
 と、嬉々とした叫び声を上げながら金髪頭が駆け込んできたのだ。
 その姿を一目見て、エメラルドは危うく大切な本を取り落とすところだった。
「ちょっとサフィー、一体どうしたのその格好は!」
 そう。彼女は新年用にと誂えてもらった新しい服を泥だらけにしていたのだ。
 と言っても、これはいつものこと。
 サファイアの服で無事だった服を見たことはない。
 教育係のベアトリクスが、サファイアの服だけこまめに洗濯できる素材を指定しているくらいだった。
 なので、エメラルドが驚いたのはそこではなく。
 大きなクマの縫いぐるみを紐でばってんに背負い、クマも込みで頭のてっぺんから爪先まで泥だらけになっていることに驚いたのである。
 しかも、どこに引っかけたのかスカートの裾の方が大胆にほつれている。
 見事な金髪にはご丁寧に枯れ葉が絡まってしまって、これであの淑徳で有名なガーネット十七世の娘とは思えない状況だ。
「んとね、お外でたくさん遊んできたの!」
 サファイアは泥だらけの顔でにっこりと笑った。
「普通に遊んでいてもそうはならないんじゃない、サファイア?」
「なるよ」
 サファイアは小さな頬を膨らませた。
 と。
「こら、サフィー!」
 ほとほと困り果てた父親の声が娘を呼び、彼は右に同じくして部屋に駆け込んできた。
 これまた、頭のてっぺんから爪先まで以下略。
 つまりは、並んでいるとただ単に大きさの違う二人の悪戯っ子状態である。
「お、お父さま……」
 エメラルドは脱力して溜め息をついた。
 ここのところ、普段はどこかへ出掛けてしまってあまり城に居着かない父がずっとアレクサンドリアに留まっており、しかも、毎日子供たちと遊び回っていた。
 更に言えば、ダイアンと遊ぶよりも、同じ年頃の友達のない活発娘の相手をしていることが多い。
 結果、アレクサンドリア城では、こうして大小二人の悪戯っ子がほぼ毎日拝めるのだった。
「サフィー、泥だらけの靴で城に入ったらベアトリクスに叱られるだろ」
「おとうさまも、おくつがドロだらけだよ」
「お前が走ってくから追いかけてきたんだろうが。怒られたらサフィーのせいだからな」
「知らないも〜ん!」
 きゃ〜、と歓声を上げ、部屋中を走り回るサファイア。
 ダイアンは、呆気に取られて声も出ないエメラルドに向かって一言。
「ね、父上忙しそうでしょう?」






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