<4>
「一つ目はわかるにしても、あと二つ、何やと思う?」
「やっぱり、シナさんの一言効いたんじゃないっスか?」
「どうしようずら〜」
「どうしようもねぇだろ」
「まったく、悩みが三つになると熱が出るクセ、まだ治らへんなんてなぁ」
と、ルビィは特大のため息をついた。
「ただの風邪かもしれないずら」
「バカが風邪ひくかよ」
「そうっスよね〜」
「……マーカス、お前何気にひどいよな……」
ブランクの突っ込みにマーカスがはっとした時。
「あのぉ……」
と、か細い少女の声が戸口で聞こえた。
一同が勢いよく振り向くと。
栗色の巻き毛にそばかす顔の十七くらいの少女が、恐る恐るアジト内の様子を窺っていた。
鳶色の瞳は明らかに怯えている。
「何か?」
最もまともな格好のルビィが―――まともな格好かどうか幾分疑わしいが―――歩み寄って微笑んだ。
「あの、こちらにジタン・トライバル様のお宅があるって伺って来たのですけれど……」
「確かに、ジタンはここで暮らしとるけど……あんたは?」
「わたくし、ジタン様と大学でご一緒させていただいてる、マルガリータと申します。ジタン様が授業をお休みになったので、お見舞いに伺いましたの」
ブランクとマーカスとシナは、それぞれ顔を見合わせた。
女の子がわざわざ見舞いに来るとは!
ルビィだけは、女の勘とも呼ぶべき閃きを覚えた。
「せやけどな、ジタンは熱があって誰にも会えへんのやわ。せっかく来てもろうたけど、伝言があったら伝えるから、今日は帰ってもらえへん?」
しかし、マルガリータは引き下がらなかった。
「あなたは、どうしてこちらでお暮らしなの?」
「それ、どういう意味?」
「男の方と女の方が一つ屋根の下で暮らしてるなんておかしいですわ」
「うちらは昔から一緒に暮らしとるの。おかしいことなんて一つもないで」
「……わたくし、わかりましたわ。ジタン様がお想いの女性って、あなたなんでしょう? だから大公殿下が将校以上の階級にお与えになる城のお部屋をお使いにならないのね」
「はぁ?」
ルビィは明らかに不快な声。
「わたくし、ジタン様を放っておけませんわ! どうしてもお会いします」
と、無理矢理アジトへ侵入しようとしたお嬢さまを。
「ええから帰りぃ! いい加減怒るで!」
と、無理矢理ほうきで追い払おうとするお姐さま。
「どうしてですの!? あなたが他の男性の方をお向きになるから、ジタン様はひどく悩まれておいでだったのですわ!」
「あ〜、もう」
と、否定するのも疲れたルビィ。
「何でもええから早よ帰って。こっちまで頭痛うなるわ」
「失礼な方ですわ!」
マルガリータが金切り声を上げたとき。
「マリー!」
と、今度は黒髪に黒目、丈高の、やはり同じくらいの年頃の少年が現れた。
「アーサー、聞いてちょうだい! この方が……」
「こんなところで何をしてるんだ、マリー」
眉間にしわを寄せた黒髪の少年は、マルガリータの腕を引いた。
「わたくし、ジタン様のお見舞いに参りましたのよ。それなのにこの方が……」
「いいから、帰るんだ。騒ぎ立てたりしてみっともないだろう?」
「でも……!」
鳶色の瞳に涙を浮かべると、唇をかみ締めて彼女は頷いた。
「わかりましたわ、アーサー」
アーサーに腕を引かれたまま帰宅の途についたお嬢様を見送りつつ。
シナは未だキンキンいう耳を押さえ。
マーカスは一連の騒動の最初から最後を思い起こして身震いし。
ブランクはどこかの誰かがあんな風に独りよがりじゃなかっただろうかと思い起こし。
ルビィは……大体の事情を読んだ。
―――なるほど。
あのシッポ男を悩ませる原因の一つは、ここにあったのか、と。
英雄ジタン・トライバルに熱烈な憧れを寄せるお嬢様と。
お嬢様を想う貴族の男―――か。
三日経っても授業に出てこないジタンを案じたオルベルタ大臣に頼まれ、心配顔のエーコがアジトを訪れたほどだったが、状況は良くなっていなかった。
「やっぱり、あれしかないわ」
と、エーコはきっぱり宣言した。
「あれって、何やの?」
ルビィが訝しがって尋ねると。
「ジタンの特効薬かつ万能薬って言ったら、一つしかないのよ」
エーコは紫紺色の頭を左右に振り……なぜか楽しげだった。
「特効薬……」
「かつ、万能薬……」
「まさか……」
タンタラスたちは顔を見合わせ、再びエーコを見た。
彼女は座っていた椅子からポンと立ち上がると。
「タンタラス盗賊団の皆さんに、リンドブルム公女エーコから依頼するのだわ。アレクサンドリア女王ガーネット・ティル・アレクサンドロス十七世を誘拐してきてくださいな」
腰に手を当て、彼女はすこぶる得意げにそう命じた。
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