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 マルガリータは大学の図書室で本を読んでいた。
 あれから三日、ジタンは授業に来ていない。
 ヒステリックになったことを、彼女は後悔していた。
「あんな風に大声を上げるものではなかったわ」
 と、彼女は呟いた。
 図書室の窓からは春の日差しが差し込み、この世のすべてが平穏無事にしか見えなかった。
「早くお元気にならないかしら、ジタン様……」
 再び本に目を落とした時。
「君の小鳥になりたい……お好きなの、あなたも?」
 と、突然声を掛けられた。
 顔を上げると、正面の席に見かけたことのない女性が一人、腰掛けていた。
 とても綺麗な人だった。
 いくらも年が違わないだろうに、彼女は大人びて清楚で、しかも可憐だった。
 ―――せめてこの人のように、そばかすのない滑らかな肌だったらよかったのに。
 と、マルガリータはしばし彼女に見惚れていた。
「わたし、エイヴォン卿のお話が大好きなの」
 彼女は優しく微笑んだ。
 その声に、マルガリータははっと我に返った。
「わたくしも大好きですわ! ご本で読むのも素敵ですけれど、お芝居を見るのも好きなんです」
「まぁ、奇遇ね。わたしもよ」
 と、彼女はますます笑顔になった。
 それで、マルガリータはすっかり夢中になって芝居の話を始めた。
 そもそも彼女はそれほど芝居好きな方ではなかったのだが、ジタンが劇団で芝居を演じていると知って足繁く通うようになったのだった。
 ので、必然話の内容もジタンのことになる。
「彼のことはよく知ってるわ」
 と、その女性は笑って答えた。
「まぁ、ご存知なんですの?」
「ええ。タンタラスのお芝居を見たこともあるし……」
「とても素敵な方ですわね、ジタン様。前の大戦でとても功績を残されたのに、少しも気取ってらっしゃらないし」
「ええ、そうね」
 彼女はにっこり微笑んだ。
「それに、いろいろなことをよく知ってらして、まるでジタン様のご存知でないことなんてないみたいなんですの。とてもお強くて、しっかりしてらして、わたくし心から尊敬してますわ」
 マルガリータはすっかり興奮して、息つく間もなく喋り続けた。
 聞いてくれる人がいることが、彼女にはとても嬉しかったのだ。
「それなのに、ジタン様ったらここのところずっと授業をお休みですの。きっとお好きな方のことで悩んでらっしゃるんだと思いますけど……そんなことで落ち込んだりなさる方には見えないのに」
 不意に、目の前の黒い瞳が沈んだ色になったが、マルガリータは気づかなかった。
「きっととてもお好きなんですわね、その方のこと。わたくしにはどうして差し上げることも出来ませんでしたわ」
 自分なら、そんな寂しい思いをさせないのに、と、マルガリータは小声で付け加えた。
 その時、廊下の方から、ガーネット様、と呼ぶ声が小さく響いた。
 黒髪の女性は立ち上がった。
「ごめんなさい、もう行かなくては……お話できて楽しかったわ」
 彼女は清かに微笑むと、図書室の入り口に控えていた兵士に頷いて見せた。
 マルガリータはその所作を、目を見開いて見つめていた。
 引き上げていく彼女と入れ替わりに幼馴染みのアーサーが図書室に顔を出したが、彼はその人と認めると慌てて深々と礼をした。
 黒髪の女性は、穏やかな笑みと小さな会釈でそれを返した。
 かの女性がすっかり立ち去ってしまってしばらくの後。
「ねぇ、アーサー」
 マルガリータは見開いたままの目で彼を見た。
「今の方はどなたなの?」
「知らないのか、マリー? アレクサンドリアのガーネット女王陛下じゃないか」
「ガーネット女王……陛下?」
 ガーネット女王……。
 彼女も、前の大戦の―――八英雄の一人。
 そうだ。
 彼女は言っていた。
 ジタン・トライバルをよく知っていると。
 それも、そのはずだわ……!
「アーサー!」
 マルガリータは鳶色の瞳を輝かせて叫び声を上げた。
「わたくし、わかりましたわ!」
「な、何がわかったんだ、マリー」
 と、腕を揺すぶられて目を白黒させながら彼は聞き返した。
「なんて、なんて素敵な方なんでしょう! ……ああ、わたくし、決めましたわ! 今からジタン様のお家へ伺ってきます!」
 マルガリータは図書室を飛び出していった。
 後には、わけもわからず取り残されたアーサーが呆然と立ち尽くしていた。






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