Peaceful World



<1>



 アレクサンドリア王家の三人の子供たちは、最近ある一つのことで両親と宮廷料理長を困らせていた。
 というのも、彼らにはどうしても食べられない嫌いな食べ物があるのだ。
 その日の夕食はサラダにピーマンが、メインの料理の付け合せにホウレン草が、そして、オードブルに細かく刻まれたニンジンが入っていた。
 ―――ので。
 夕食時はいつになく大騒ぎになっていた。



「エミー、サラダが残ってるわよ?」
 と、ガーネットは娘に穏やかな注意を与えた。
「わたし、お腹が一杯なの、お母さま」
「ダメよ。残さず食べなきゃ、クイナが心配するでしょう?」
 と言いつつ、かの料理長は子供たちの好き嫌いについて両親以上に熟知しているので、エメラルドがピーマンを残したところで驚きも心配もしないに違いないのだった。
「でもぉ……」
 エメラルドはしゅんとなって俯いた。
 ほぼ完全なる優等生のエメラルドにだって、苦手な食べ物の一つや二つある。
 彼女はどうしてもピーマンを好きになれなかった。
 そのことは、彼女の最大の悩みの一つでもあった。
「どうしても食べなきゃダメ、お母さま?」
「そうねぇ……ほら、少し食べて御覧なさい。きっと美味しいわよ?」
 それまで黙って母と姉の会話を聞いていた末の妹が、突然きっぱりと発言した。
「まずい!」
「サフィーはピーマン食えるだろ?」
 と、ジタン。
「でもまずい!」
「まずい、とか言うなよお前。ピーマン作ってる農家の人に失礼だろうが。それから、ニンジン残さないでちゃんと食えよ」
「やだ!」
 最近だいぶ食事作法が身についてきたはずのじゃじゃ馬サファイアは、首を横に激しく振るついでにフォークを振り回した。
「こら、サフィー」
 小さな手から大きなフォークを取り上げるジタン。
 いい塩梅と、サファイアの皿からニンジンを一つ、フォークに刺した。
「ほれ、口開けろ」
「やだやだやだ〜!」
 サファイアは口を真一文字に閉じると、椅子の上に立ち上がって父親の攻撃を見事にかわした。
 が、被害をこうむったのは兄のダイアンである。
 彼は妹が立ち上がるときに倒したグラスの水を浴びて、途端に涙目になった。
 と言っても、グラスの水はかなり減っていたので大きな災害にはならずに済んだ。
 ダイアンが苦手のホウレン草を食べると言うより飲み込むために、一緒に水を大量に飲んでいたのだ。
 さらに言えば、ダイアンの皿にはまだ大量のホウレン草が残っているのだった。
「ほら、おにいさまだってホレウンソウのこしてるんだもん、サフィーもニンジンは食べないの!」
「ホレウンソウじゃなくて、ホウレン草。お兄さまはお兄さま、お前はお前だろ、サフィー」
「いやだもん!」
 サファイアは『食事時に立ち上がらない』という約束などとうに忘れ、椅子から身軽に飛び降りると、食堂の端まで走っていく。
 ガーネットは顔を顰めた。
「サファイア、座りなさい。それから、グラスの水をこぼしたでしょう。お兄さまにちゃんと謝ったの?」
 普段より厳つい声で注意を与えると、サファイアはようやく素直に従った。
「……おにいさま、ごめんあさい」
「うんん」
 ダイアンは母親に膝の上を拭いてもらいながら、小さく首を横に振った。
 相変わらず涙目なままなのは、それだけが理由ではないようだ。
「お前ら好き嫌いなんてするなよ〜。父さんが子供の頃なんかな、明日食うものにも困るようなビンボウな子供がたくさんいたんだぞ。そいつらに比べたら、お前たち、どれだけ恵まれてる? 好き嫌いなんて言ってる場合じゃないだろう」
「だって、まずいもん」
 と、サファイア。
「お父さまは子供の頃、お嫌いな食べ物はなかったんですか?」
 エメラルドが興味津々で尋ね、ジタンはふむ、と首を傾げた。
「いや、あったな」





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