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   *


 ある日の食卓。
 タンタラスの子供たちは、一人を除いて、みな意味ありげな視線を交し合っていた。
 その日の夕食はみんなが大好きなカレーライスだったが、約一名、目を皿のようにして黙々と作業に耽っている者があったのだ。
 ジタンは器用に、ほんの細かいニンジンの欠片さえもを皿の淵にずらりと並べ、ようやく満足したようにいたずらな笑みを漏らした。
 が。
「ジタン、おめぇ、十にもなってまだニンジンも食えねぇのか」
 と、叱咤する声が一つ。
 彼のボスは、好き嫌いも、食べ残しも、決して許さなかった。
 ジタンは思わずギクリと手を止めるが、聞こえなかった振りをして皿の中のカレーに勢いよくがっつき始めた。
「聞こえない振りしたってムダだど。全部食うまで食堂から一歩たりとも外へ出さねぇからな」
「そんなこと言ったって、食えねぇもんは食えねぇんだもん」
 カレーを頬張ったまま、ジタンはぶんむくれた。
「しかも、オレの皿にばっかりニンジン入れやがって〜」
「文句言うんだったら、一口も食わせんぞ」
 ……それは困る。
 ジタンはとりあえず口を閉じたが、相変わらずニンジンだけは避けて食べている。
「いいか、おめぇらも耳の穴ぁかっ穿ってよく聞いとけ」
 バクーは、お互いに忍び笑いながら肘を突付き合っていた他の子供たちを見やった。
「この世界にゃぁな、満足に食えねぇガキどもが大勢いる。戦争だなんだと貧乏人が増えて、子供にさえひもじい思いをさせにゃならんような世の中になっちまった。時には通りで餓死する子供までいるぐれぇだからな」
 バクーは嘆かわしそうに、大げさなため息をついた。
「おめぇらが今日こうやって飯にありつけたのは、おめぇらが恵まれてるからだ。米粒一つにも感謝せにゃいかん」
 耳タコな子供たちは、それでもとりあえず神妙に話を聞いている。
「俺が子供の頃ぁな、十分に食べ物をもらえねぇもんだから、仕方なく畑ドロボウまでしたもんだった。そうでもせにゃ生きちゃいけなかった、大変な時代だった……聞いてるのか、おめぇは」
 と、出だしが遅れた分未だに食べ終わらないジタンの頭に拳骨を一つ。
「いってぇ! オレまだ食ってんだぞ!」
「ニンジンも残さず食え。ありがてぇな、食うものに困らねぇで日々生きられるってのはよ」
 ジタンは頭をさすりながら、どう考えてもおかしいと思う。
 自分は確かに恵まれていると思う。
 六年前のあの日だって、下手すれば餓死していたかもしれない状況のところに、たまたまタンタラス団が通りかかったのだから。
 でも、それとニンジンは別問題だ。
 大体、食べるものがないと困っている子供がいるのだったら、そっちにニンジンを回してあげればいいんじゃないのか?
 その方が、その子たちも自分も幸せになれるのに。


 やがて、食事の終わったタンタラスの面々たちは、一人、また一人と食卓を立ち始めた。
「早く食っちまえよ〜。日が暮れる前に通りでサッカーしようってことになったぜ?」
 と、ブランクが促す。
「だって〜」
「んなもん、全部口に入れて一気に飲み込んじまえばいいじゃん」
「う〜……やだ」
 ジタンは頑固に首を振る。
「ニンジンだけ残して先にカレー全部食べてまうから、後で苦労するんやないの?」
 と、ルビーが助言するも。
「カレーがまずくなるだろ!」
 と一蹴。
「それに、もう全部食っちゃったんだから、今更言っても遅いし……」
「まぁ、そやね」
 ルビィはにやりと笑った。
「あんた、ニンジンくらい食べられへんと強い男になれへんで?」
「そうだぞ、ジタン。好き嫌い言ってるからチビなんだよ、お前は」
「ひで〜。何とでも言えよ、食いたくないもんは食いたくないんだからな!」
 ジタンが顔を背けた先に、丁度階段からボールを抱えたマーカスが降りてきた。
「兄キ、ボール取ってきたっスよ」
「おう。それがよ、ジタンがまだなんだよ」
「……大変っスね、ジタンさん」
 マーカスは同情の目を向けた。
「手伝ってあげたいっスけど、こればっかりは俺も叱られるっス」
「そうやで、マーカス。ジタンのためにもならへんしね」
 ジタンは相変わらずむくれたまま、皿の淵にずらりと並んだニンジンとにらめっこ。
 太陽は刻一刻と傾いていく。
「急げよ、ジタン」
 ブランクが更に急き立てた。
「急げない」
「何だよ、意気地ねぇな。……んじゃ、しょうがねぇな。今日はお前抜きで遊んでくるか」
「え〜〜っ!」
「ブランク、まだずら〜? 早くしないと日が暮れるずら」
 と、工具の手入れをしていたシナも部屋から降りてきたところで、朋友たちはみな外へ遊びに出てしまった。
 一人取り残されたジタン。
 恨めしげにニンジン軍団を睨みつけた。
 ニンジンが一つ、二つ、三つ、四つ……大群だ。いつになったら食べ終わるか、わからない。
 今までもこうして残したニンジンとよくにらめっこさせられたものの。
 必ずタンタラスの兄貴分か姉貴分の誰かがやってきて、「もういいよ」と少年を甘やかしていたのだ。
 ……彼らも、食べ物のことになると途端に煩いバクーに、幾分うんざりしていたのかもしれない。
 が、しかし。
 前期生たちの何人かは既に卒業しており、この状況から救ってくれそうな人間は見当たらなかった。
 ジタンは途方に暮れて、ニンジンと、通りで楽しそうに歓声を上げる仲間たちを見比べた。
「ちっきしょ〜……どうしろって言うんだよぉ……」
 何かいい方法はないか?
 小さな頭は活発に動き始めた。
 まず、自分で全部のニンジンをやっつけるのはムリだ。
 誰かに食べてもらうしかない。
 とすると、誰に食べてもらうのか。
 腕を組んで、う〜ん、と唸る。
 ―――恵まれない子供たち。
 さっきバクーがした話を思い出す。
 ―――通りで餓死する子供。
「そうだ!」
 ジタンはガタッと立ち上がった。
 勇んでキッチンへ行き、小さな弁当箱を探し出す。
 そこへ皿の淵のニンジン軍団を全部入れると、居間に戻って箱を鞄に仕舞った。
 よし。
 その、食べるものもないという子供たちに、ニンジンを食べてもらおう。
 と、ジタンは至極とんでもないことを思い立ったのだった……。





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