<3>
なんだかんだと大騒ぎの旅路を終え、四人は目的地に辿り着いた。
アレクサンドリア領、ダリ村。
年中安定した温暖な気候と、肥えた土壌の恩恵を受ける村である。
鉄馬車を降り、ダリの門をくぐってみると、目の前には一面、金色の麦畑が広がっていた。
そして。
その広大な畑の一角に、バクーがまだ彼らと同じような年頃だったころ世話になったという恩人が、農作物を育てていた。
今回彼らは、その恩人の手伝いに派遣されたのである。
「やぁ、よく来たね」
と、人好きのする顔を皺だらけにして、彼は笑った。
年の頃は五十代後半くらいだろうか、名をマシューといった。
「今年は収穫時期が少しずれてね、ちょうどアレクサンドリアの王女様の誕生日と重なっちまったもんで」
と、マシューおじさんは笑った。
「アレクサンドリアでは、女王陛下や王女様の誕生日に、大きな祭典を開くんだよ。それで、こんな田舎の方からもみんなお祝いに出かけるのさ」
「ふ〜ん」
と、ジタンは気のない合いの手を入れた。
別に、アレクサンドリアの女王だとか王女だとか、彼にはどうでもよかった。
「リンドブルムで言ったら、さしずめ狩猟祭のようなものかな」
と、マシューおじさんは再び可笑しそうに笑った。
バクーから彼らのことは手紙で逐一報告を受けていたのだが、いざ目の前で聞いていた通りの反応を返されるとやはり可笑しいのだ。
「君たちが手伝いに来てくれてありがたいよ。一人ではどうしようもないほど広い畑だからね」
「何を育ててるんっスか?」
マーカスが質問する。
「今はかぼちゃにとうもろこし、それから麦の類だね。寒い地方じゃもう三月も前に収穫が終わってるんだろうけど」
「そうっスね」
マーカスは頷いた。
「それから、君たちが寝起きするところなんだが」
と、マシューおじさんは急にすまなそうな表情になった。
「あいにく我が家は狭いもんで、君たち四人を泊められるような部屋がなくてね。村の風車小屋の二階を使っていいってことだから、そこに干草をたっぷり運んでおいたよ」
マシューおじさんは四人を風車小屋へ案内した。
「こんなところで眠れるかな。少し狭いし、風車がうるさいかもしれないけれど」
おじさんは不安そうに歯車を見た。
が、しかし。タンタラスのアジトとて、大きな時計塔である。
しかも、元子供部屋はちょうど大きな歯車と小さな歯車が行き交う部分だったので、多少の物音には免疫があった。
「大丈夫ずら」
シナが彼を安心させた。
「こういうのには慣れてるずら」
と、早速ひゃっほうとばかりに干草にダイブしているジタンを見やった。
「ここなら少しくらい騒いでも大丈夫だろうから、まぁ、気楽にやってくれよ」
マシューおじさんは安心してにっこり笑った。
「夜になったらランプを入れるけど、火の始末が出来るかい?」
***
山に沈む大きな赤い夕日。
夜空に輝く数え切れないほどの星。
霧の中から昇る朝日。
小鳥たちのさえずりが目覚まし代わりだ。
井戸の水で顔を洗いながら、ジタンは、どうにもリンドブルムとはえらい違いだな、と考えた。
―――しかも、こういう場所へ来ると、自分の方でも変わってしまうらしい。
団員一ネボスケの自分が、誰よりも早起きしてしまった。
田園風景も、草の匂いを含んだそよ風も、彼には馴染みのないものだった。
それなのに、どこか懐かしい気もする。
こういう場所が、人間の原点なのかもしれない、とジタンは思った。
または、自分の故郷にどこか似ているのかも……
ジタンは頭を振って、その考えを追い出した。
何となく、そうではないと誰かが告げている気がした。
朝露を含んだ草を踏み分けて畑の方へ行ってみると、誰よりも早起きした、という考えが間違っていたことを知らされた。
村人たちはとっくに起き出して、既に仕事を始めていたのだ。
「おはよう!」
と、遠くの方から豆粒のようなマシューおじさんが両手を大きく振った。
「よく眠れたかい?」
「はい!」
ジタンも両手をメガホンにして大声で返事した。
「それはよかった。もうすぐ朝ごはんにするからね!」
側でニコニコ様子を見ていた村のおばさんが、
「おやおや、干草が髪に絡まってるよ」
と、寝癖の付いた金色の髪から、似たような色の草を取り払ってくれた。
「都会の子は、こんなところじゃ暇つぶしも出来ないだろうに。どうせならアレクサンドリアのお祭りに行った方が楽しいのにねぇ」
彼女はすこぶる楽しそうに、ジタンの髪を梳いた。
「はい、取れたよ。身だしなみに気をつけないと、女の子にモテないよ」
おばさんは悪戯っぽく微笑んだ。
ジタンの青い瞳がキラン、と輝く。
「ねぇ、おばさん。この村って可愛い女のコいる?」
「そりゃぁ、いるさ。武器屋の娘のエブに、酒場の娘のスライ……この子は親に連れられてアレクサンドリアに行ってるけどね」
ふ〜ん、と、ジタンは唸った。
「そのエブって子は可愛いの?」
「可愛いよ。いつもニコニコしててね、親孝行でいい子だよ」
ふ〜ん、と、ジタンは再び唸って、にっこり笑った。
「ありがとう、おばさん。オレ、友達になってくる!」
武器屋の看板娘は、店のカウンターに腰掛けて「いらっしゃいませ」と微笑んだ。
確かに可愛い子だった。
が。
「……あのさ、君いくつ?」
「十才」
「……あ、そ」
―――完全に遊ばれた、あのおばさんに。
ジタンはがっくりと肩を落とした。
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