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朝ご飯をいただいたあと、四人は早速畑へ借り出された。
見渡す限りの麦畑に揺れる金色の波を、彼らは途方に暮れて見つめた。
「これ、全部刈るの?」
「そりゃぁ、そうさ。刈らなければ粉にも出来ないし、アレクサンドリアにお納めすることも出来ないしね」
と、マシューおじさんは笑った。
「うげ〜」
「ははは、働く前から疲れた顔をするんじゃないよ」
おじさんは鎌の使い方を一通り説明すると、「それじゃ、後はよろしく」と自分は他の畑へ行ってしまった。
午前中いっぱい、午後も同じ作業。
サボってしまおうかと思うが(実際ジタンは三回も逃げ出そうとした)、進捗状況が一目でわかってしまうこの仕事、簡単にはサボれない。
「だ〜〜ぁ、いつまで続くんだよ〜」
「黙って仕事しろ、お前は」
「そう言ったって、こうもず〜〜っと同じ作業、さすがに飽きるって」
ジタンは青い瞳で、どう考えても今まで刈ったところが小さな水溜りくらいでしかない金の大海原を見やった。
「なんかいい方法ないかな〜」
「ないっスよ、ジタンさん。諦めた方がいいっス」
「結構面白いずら」
シナはいつも持っているトンカチを腰にぶら下げ、大きな鎌でどんどん穂を刈っていた。
「どこが面白えんだよ……」
ジタンはじと目になってシナを見た。
が、シナはそんな彼には目もくれず、せっせと仕事を続けていた。
時折吹く風が金色の穂を涼しげに揺らしていた。
その度にサラサラと風の音が囁き、どこからともなく民謡を歌う歌声が響いてきた。
幸福で長閑な、暖かい午後だった。
人々は収穫の喜びと世の平和に、すっかり満足しきっていた。
***
翌日もやはり同じ作業を任されていたところ、夕方近くになって雨が降り出した。
それも、遠くで雷の音がしたかと思うと、いきなりザーッと降ってきたのだ。
広い畑に散らばっていた村人たちは、すぐさま駆け足で家へと戻りだした。
「君たちも帰っておいで!」
と、遠くからマシューおじさんが呼ぶ。
が。
めったに雨の降らないリンドブルムで育った少年たちは、雨の匂いを嗅ぎ付けて姿を現した蛙を追いかけて、畑の畦道を向こうこっちと走り回っていた。
「何やってるんだい〜? 風邪をひくよ!」
雨の音で彼の声が聞こえないのか。
はたまた完全に蛙採りに熱中してしまっているのか。
赤毛の少年以外、誰も彼を見なかった。
「すぐ戻ります!」
一番年嵩の少年はそう答えると、振り向いて金髪の少年に何か言った。
が、金髪の少年は一瞬顔を上げたものの、尻尾を揺らすと、さらに遠くへ走って行く。
「おやおや。バクーも随分悪戯っ子に育てたもんだ」
マシューおじさんはくすくす笑うと、待っていても無駄だろうと判断し、自分の家へ戻ることにした。
よく乾いたタオルと、温かいスープを用意しておこうと頷きながら。
しかし、暖かい地方とは言え冬の雨に長時間晒され、すっかり体が冷えてしまった少年たち。
約一名が、熱を出した。
***
「バカかお前は」
と、ブランクは桶に汲んできた冷たい水に手ぬぐいを浸して、ぎゅっと絞った。
「死ぬ゜〜〜」
「いっぺん死んで来い」
「……ひで〜」
ジタンは、熱のせいで幾分紅潮した頬を膨らませた。
「あれ程言っただろ。知らねぇぞ、熱出してもって」
「そうだったっけ?」
おどけて見せたジタンに、ブランクは深々とため息をついた。
「ボスに知れたらどうするんだよ。お前のせいで連帯責任だぞ」
「へへっ、それでこそ仲間ってもんだろ?」
「……今ほどお前と絶交したい時はないぜ」
ブランクは冷たい手ぬぐいをジタンの額に乗せてやると、立ち上がった。
「お前の分まで働いて来るんだからな、この貸しは大きいぜ?」
「あ〜、わかってる。―――そうだ、可愛い女の子紹介してやるよ!」
「……俺とお前を一緒にするな」
マシューおじさんが梯子を昇って、顔を出した。
「どうだい、具合は?」
「大丈夫です、いつものことだから」
と答えたのはブランク。
「お腹空いてないかい、ジタン?」
「空いた!」
勢い込んで答えるジタンに、彼は微笑んだ。
「食欲があるなら大丈夫かな。まったく、手伝いに来てもらったのに熱を出させたなんて知れたら、バクーに怒られてしまうね」
「すいません」
ブランクが頭を下げ、ジタンはその顔を見上げて小さく息をついた。
―――何か気に食わない。
ついこの間まで一緒に悪ふざけしてたのに、いつから兄貴ヅラするようになったのだろう?
断然気に食わない。
「べっつに、ブランクが謝ることないだろ? 熱出したのはオレなんだし」
と、ジタンは口を尖らせて抗議すると、ぷいっと寝返りを打ってそっぽを向いた。
おやおや、とマシューおじさんは笑い出す。
「随分元気だね。後で朝ごはんが来るから、たっぷり食べてよく休むんだよ」
おじさんは梯子を降りると、「それじゃぁ、僕たちは行こうか」とブランクに声を掛けた。
鼻歌を歌いながら陽気に歩くマシューおじさんの後を、幾分元気のないブランクが付いて歩いた。
「君たちは随分仲がいいんだね」
と、突然おじさんはブランクに話しかけた。
「……え?」
ブランクはびっくりして立ち止まった。
「この世の中、血を分けた兄弟でも仲が悪いことだってあるのに、君たちは本当の兄弟のように仲がいいんだね。バクーの育て方かな」
茶色い人の良さそうな瞳に見つめられ、ブランクは思わず身を竦めた。
おじさんは、彼らを育ててくれた男より、さらに全てを見透かしてしまう目をしていた。
「君を見てるとね、バクーが君くらいの年だった頃のことを思い出すよ。人一倍責任感が強くて、仲間に頼られるのが好きだったな、あの子も」
そう言うと、マシューおじさんはまた歩き出した。
ブランクは、そのやや年老いた背中を見つめた。
彼が何かを言わんとしているのか、それともただ話として話しているだけなのか、それはわからなかった。
やがて畑へ着いてしまうと、おじさんは「今日も頑張ろう」と少年の肩を叩き、向こうの畑へと去っていった。
その後ろ姿をしばらく見ていたブランクは、マーカスの叫び声とシナの呼ぶ声に目を覚まされた。
「ブランク、ブリ虫が出たずら!」
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