<2>
涙など出ない。
泣いたところで詮無いこと。
湖の畔で、水面に浮かぶ木の葉を、ただじっと見つめた。
私は負けたのだ。約束通り、剣を置かなければ。
―――負けたのだから。
ゆらりと、水面が揺れる。
自分は、なんと愚かしいのだろう。
勝てるものだと信じ込んでいた。
実力なら、誰も自分を上回らないと高をくくっていたのだ。
驕った罰だ。
こんな思いをするくらいなら、いっそ斬られて死んだ方がましだった……。
「ベアトリクス殿」
突然、呼び掛けられて。
びくりと体を震わせ、振り向いた先。
―――今一番会いたくない人間が、そこにいた。
「何か」
努めて冷静に尋ねる。
「いや、その……」
口籠るスタイナーに、つい睨め付けるような目線を送った。
「私を馬鹿にでもしに参られたのですか?」
「ま、まさか! そのような気は毛頭……」
と、スタイナーは頭を振った。
「その……女王陛下もおっしゃっておられたが……何か、あったのであるか?」
「何故ですか?」
「おぬしは、自分ごときに負けるような手並みではないと……」
「何故、そう思いますか?」
「へ?」
スタイナーは、思わぬことを尋ねられ、小さな目を丸くする。
「何故、私があなたに負けない手並みだと思いますか?」
「そ、それは……ベアトリクス少佐といえば、大陸一の剣豪と謳われて―――」
「誰が、そう言うのですか?」
はた、と、スタイナーはベアトリクスを見つめた。
……彼女は、震えていた。
「ベ、ベアトリクス殿……?」
酷くうろたえるスタイナー。
完全に、八つ当たり。
それでも、ベアトリクスは止められなかった。
「私は、今回の試合に懸けていました。この試合に勝ったら、剣士としての道を行く私を認めてもらうつもりだったのです」
「だ、誰にであるか―――?」
ベアトリクスは、その問いには答えなかった。
「その代わり、負けた時は剣を置き、言う通りに結婚すると約束しました。だから、あなたに負けた今、私は剣を置かねばなりません」
「な、なんと……!?」
驚き見開かれた目には、焦りとも取れる表情があった。
「そ、そのように大事な試合であったのか……何とも、自分のような者が勝って、すまなかったのである」
ぐいっと頭を下げる。
「何故、そのようなことを申されるのですか?」
刹那、ベアトリクスは泣き出しそうになった。
「侮辱しないでいただきたい!」
「ぶ、侮辱など……!」
「では同情か!?」
「っ何を申すか!」
「憐れみなどいらない!」
「ベアトリクス殿!」
ベアトリクスは体を翻し、スタイナーを突き飛ばすように走り出した。
「辞めては駄目なのである!」
その背中に向け、必死な声が叫ぶ。
「おぬしほどの剣士は、そう見つかるものではないのである!」
―――煩い、何も知らないくせに!
「話せばきっとわかってくれるのである! 諦めないで説得するのである!」
走れば走るほど、どんどん声は小さくなって。
やがて、聞こえなくなった。
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