<4>



 次の日。
 早朝に出仕したベアトリクスは廊下で、隊長としての仕事始めで宿舎へ帰れなかったらしきスタイナーに出くわした。
 ―――昨日のことを謝らねば。
 ベアトリクスは足早に近づいた。
「ベアトリクス殿ではないか」
 と、飛び上がらんばかりのスタイナー。
「……お早うございます」
「昨日の話はどうなったのであるか?」
 勢い込んで聞かれる。
 ベアトリクスは、一瞬辟易して口を閉じた。
「やはり、駄目だったのであるか……?」
「―――いえ。わかってくれました」
 言いづらそうに、一言答えると。
 途端に、小さな褐色の瞳は喜びに輝いた。
「それはよかったのである! どうにも、昨日から気になって気になって仕方がなかったのである」
「ご迷惑をおかけしました」
 折り目正しく頭を下げるベアトリクスに、いやいやそんな、と焦る田舎侍。
「おぬしほどの剣士が剣を置くとなれば、アレクサンドリア王国の多大な損失になるのである。そうなれば、自分が勝ったことも素直に喜べないのである」
 と、頷く。
 ベアトリクスは、真っ直ぐなその言葉が有り難かった。
「ところで、隊長としてのお仕事はいかがですか?」
 と聞けば。
「昨日の今日であるからな。隊員がほとんど集まっておらぬので、まだまだ」
 と、照れたように頭を掻いた。
「特進とは、ご両親もさぞお喜びでしょうね」
 ベアトリクスは何の気なしに、階級の上がった人間に贈る決まり言葉を口にした。
 と。
「いや、自分には親はいないのである」
 スタイナーは首を振った。
「―――え?」
 目を丸くするベアトリクス。
「まだ自分が子供の頃、戦渦に巻き込まれて亡くなったのである」
 はっとして、彼女は口を噤んだ。
「村に火をつけられ、家ごと焼かれてしまったのであるが。通りかかったアレクサンドリアの騎士殿に、自分だけは命を救われたのである」
「そ、そうだったのですか……」
 申し訳ないことを言ったと、思わず俯くと。
「しかし、恐らく墓の下で喜んでくれていると思うのである」
 と、何も気にしていないらしく、大きく頷いた。
 そして、ふと突然。
「―――騎士になったのはプルート隊に憧れてのことと昨日は申し上げたのだが……それも半分は真実なのであるが」
 実は。騎士になったのは、自分を助けてくれた騎士殿に恩返しをしたかったためなのである、と、スタイナーは言った。


    *


 スタイナー五歳の時分。彼の暮していた村は、戦火に呑まれ、消滅した。
 生き残った村人はほとんどおらず、小さな子供が生きて逃げおおせたのは奇跡に近かった。
 実際、奇跡のようなものだったのだろう。

 燃え盛る炎の中、小さな少年は立ち竦んだまま泣きじゃくっていた。
 炎に包まれた家の中には、彼の家族がまだ残っていたから。
 しかし、もはや手の付けようもないことは一目瞭然で。
 アレクサンドリアの騎士が一人、少年の目前で屈み込むと、その目を見た。
 逃げよ、と彼は少年に言った。
 少年は頭を振って泣き続けた。
 ―――逃げねば。生かされた命を生きずして、両親に顔向けできるか?
 騎士はそう言うと、少年を抱き上げて安全な場所まで避難させた。
 少年は嫌がって暴れたが、騎士は決して彼を下ろさなかった。
 ―――どうして?
 そう尋ねた少年に一言、騎士は言った。
 人の命はこの世で最も尊いもの。それを守るのが騎士の役目だからだ、と。
 ―――生かされた命を、強く生きよ、少年。
 そう言い残し、彼は去って行った。

 その後しばらくは一人生き残った自分が恨めしかったものの、日々を生きるうちに、その騎士への感謝の気持ちが強くなった。
 名も知らぬ相手。どうしたら恩返しできるか。
 ―――そうだ、この世を生き抜くことで恩返しをしよう。
 少年は、強く生きることを心に誓った。
 それと、もう一つ。剣の修行を始めた。


 それから、十年ほど後。
 隣村のダリ村へアレクサンドリア女王の行幸があると聞いて、村人たちはこぞって出掛けていった。
 スタイナーも出掛けてみた。
 そして、思いがけず、彼は彼の命の恩人に再会したのだ。
 幼い記憶の中に、それでも忘れずに在った騎士の顔。

 ―――命の恩人であるその騎士は、女王の夫となっていた。


    *


「それで、自分はアレクサンドリアへ上り、騎士として仕官することに決めたのである。思えば、あの炎の中、子供一人を助けるのだって命懸けだったはず……。ならば、今度は自分が命懸けでお守りしようと。国王陛下と、女王陛下と、姫さまを」
 話し終えると、スタイナーはベアトリクスを見た。
 ベアトリクスは、呆気に取られて瞬きも忘れていた。
 ―――この間の抜けたような田舎侍が、そんなことを考えていたとは。
 何も言わないベアトリクスに、スタイナーは再び頭を掻いた。
「誰にも話したことはなかったのであるが」
「……何故、私に?」
 尋ねると、スタイナーはにっこり笑って、
「昨日、おぬしは話したくもないであろう胸の内を語ってくれた。そのお返しである」
 と言った。
 ベアトリクスは赤くなった。
 昨日自分が吐き出したのは、胸の内というより、ただの八つ当たりだった。
 それを、この男は真剣に受け取ったのだ。
 ―――なんとみっともないのだろう、私は。
「ベアトリクス! 朝のミーティングが始まりますよ」
 彼女の隊の隊長が会議室から顔を出し、注意を与える。
「おお、すっかり長話をしてしまって、申し訳なかったのである。では、自分はこれで」
 スタイナーはホールに向かって歩き去っていった。
 ベアトリクスは、その背を目線で追って、しばらく立ち竦んでいた。
 数瞬後、再び隊長が顔を出す。
「ベアトリクス! いつまでそうしているつもりですか?!」
 ベアトリクスははっとして、振り向いた。
「―――す、すみません! 今参ります」



***



 その日から、わけもわからぬ感情に翻弄される日々が始まった。
 振り切るように剣の稽古に邁進し、ますます腕に磨きがかかって。
 彼女は、名実共に、「大陸一の剣豪」となった。
 将軍職を命ぜられ、もはや彼女の右に出るものはなかった……。
 ただ一人、女王に気に入られ、取り立ててもらったあの田舎侍、アデルバート・スタイナー隊長以外には。
 そして。
 その隊長こそが、彼女の心を翻弄する正体だと広く知れ渡るのに、かなりの時間が要したのもまた事実だった。



-Fin-





す、既にスタベアになっちゃってるよ〜(汗) スタベア話でしたv(何)
せいはすっごくスタベア好き派です♪
ダメって人もいるけれど、いいですよね、この二人v
私の中では、当初は別に仲が悪かったわけではないだろうと予想。
そして、一騎討ちで負けて以来、ベアさんはスタイナーに片想い(?)だったろうと。
でもって、彼女のことだからそういう気持ちに振り回されないようスタイナーに冷淡になって、
二人は次第に険悪な仲になっちゃったりするという(^m^*)←病。
しかし、スタイナーも気付いていないながらベアさんが好きだったのかもなぁ・・・。
いきなりああはならないですよね〜・・・(笑)

はぁ、ベアさんのご両親を創作してしまった(^^;)
きっと彼女は良家のお嬢さんなんじゃないかと(何)
なので、お父さんは怖め、お母さんは抜け系なのです(笑)
ちなみに、容姿はお母さんに似てるよね、きっと(爆笑)
スタイナーを助けてくれたのがガネ父、というのも創作です(^^;)
アレクサンドリアの騎士ってのは本当なんですよね、でも。

2002.11.19



BACK      Novels      TOP


素材提供: