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「サラマンダーではないか! どうしたのじゃ?」
耳に慣れたアルトが彼の名を呼ぶ。
すらりと伸びた四肢。銀色の風のような、無造作に伸ばした髪。
赤い衣。長い槍。
サラマンダーは振り返らずとも、彼女がどんな様子であるかを想像できた。
返事がないので、フライヤは急いた口調で問い質す。
「アレクサンドリアで何かあったのか?」
「いや」
「トレノで困りごとでもあったか?」
「いや」
「仲間の誰かから、何か伝言でも……」
「ない」
フライヤは諦めて、バーカウンターに腰掛けた。
「では、何じゃ?」
「あんたの……」
顔を、見に来た。
口をついて出そうになった言葉に、一瞬サラマンダーはひどく困惑した。
―――何を言おうとしている、俺は?
「……新婚生活でも、冷やかしてやろうと思っただけだ」
フライヤはムッとする。顔を見なくても、どんな風に口を尖らせ、目を吊り上げたかわかった。
「悪趣味じゃな」
「面白そうだからな」
「ひどいものじゃ」
フライヤはため息をつくと、手を上げてバーテンを呼んだ。
「ちゃんとやっておるぞ。料理に洗濯、掃除」
「ほぅ」
「仕事もしておる。だから、私が家にいない時には主人が―――」
と言った切り、フライヤは押し黙った。
耳まで赤く染めているのだろう。困ったように俯いて、長い睫が頬に影を作る。
はにかんだ彼女の表情は、最近になって見るようになったものだ。
「やっぱり、面白れぇ」
「煩い」
フライヤはしばらく困ったように俯いていた。
言葉とは裏腹に、会話が止まったその間、サラマンダーは人知れず苦虫を噛み潰していた。
彼女の瞳からは哀しみが消え、喜びに満ちた光が射していた。そんな色は、闇に慣れた彼を突き放し、ひどく孤独にさせた。
見たくはなかった。哀しみに翳ったあの目も好かなかったが、今の色は更に彼を苛立たせた。
「ときに、サラマンダー。おぬしはどうなのじゃ?」
やっと立ち直った女竜騎士は、ふとそう尋ねた。
「何がどうだって?」
「トレノに家を構えたと聞いたが」
「まぁな」
「どこぞの美女でも連れ込んで遊んでおるのか?」
「あぁ?」
サラマンダーは、咥えていたタバコを取り落としそうになった。
「羨ましいのう、モテる男は」
翠色の瞳をニヤリと歪ませる。
「……人妻になったら、途端にそういうことを言うのか」
「おぬしが意地の悪いことを申すからじゃ」
フライヤはふん、と得意げに笑うと、運ばれてきたグラスを傾けた。
結局、フライヤの顔は、あまり直視できなかった。
幸せそうにしている、自分のものではない女の顔など見たくはなかった。
自分は、一体何をしに行ったのだろう?
何をしに―――?
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