<3>


「で、何をしに行ったの、ダンナ?」
 ラニは尋ねた。
 サラマンダーは最後の煙を吐き出すと、徐にタバコの火を消し、「さぁな」と言った。
「じゃぁ、さ。質問するから答えてよ」
「……気に触るなら、俺のところに来なきゃいい」
「そういうこと言ってるんじゃないわよ。私が確かめてあげるんじゃない、ダンナが何をしに行ったのか」
 別に、今でもダンナの心の中にあの竜騎士さんがいたって、私は構わないのよ? と、ラニは楽しそうに付け加えた。
 サラマンダーは答えず、煙の籠もった天井をじっと見上げていた。
「まず、一問目。ダンナはブルメシアに着くまでの間、ずっと何を考えていたの?」
 サラマンダーは答えに詰まった。
「―――さぁ」
 何か考えていたか、何も考えていなかったのか。
「そういえば」
 一瞬、彼女のことを思い出した。
 褐色の肌に、黒い瞳の魅惑的な女のことを。
「何?」
「なんでもない、続けろ」
「何よぉ、結構乗り気じゃない」
 ラニはクスッと笑った。
「じゃぁ、二問目。ブルメシアに着いてから、何をしたの?」
「酒場に行って酒を飲んだ」
「それだけ?」
「ああ」
 ラニはふーん、と言ってから、指を三本立てて、サラマンダーの目前にちらつかせた。
「それじゃ、大事な三問目。ダンナは、竜騎士さんが幸せじゃなさそうだったら、どうするつもりだったの?」
 ―――幸せじゃなかったら?
「ありえねぇ……」
「そうかしら?」
 考えられなかった。
 フラットレイの元にいる彼女が幸せでない状況など、彼には想像もできなかった。
 しかし―――自分はどこかでそれを望んでいたのではないか?
「例えば、竜騎士さんがこう言うのよ。『サラマンダー、あの人と結婚したのは間違いだったかもしれない。どうしよう?』」
「知るか」
「そう答えるの?」
「……」
「泣き付かれたら?」


 ―――泣き付かれたら。

 慰め方など知らん、と言って突き放したか。
 やっぱり、あいつは前のあいつとは違うんじゃねぇか、と言ったか。
 なんだ、まだ二月でもう音を上げるのか、と言った……か。


「わからん」
「あ、そ」
 興をそそる返答がないので、ラニは飽きてしまったようだ。するりとベッドを抜けると、「帰るわ」と告げた。
 もう帰るのか? と思っても、口に出さないサラマンダー。
 「そうか」と一言呟いただけだった。
「あんたのそういうトコ、時々すっごくムカつくわ」
 いつもなら、引き止めない彼に文句も言わず、にこやかに帰っていく彼女が。
 今夜は突然そう口にした。
「私って、ダンナの何?」
 サラマンダーは起き上がった。
 ラニの目には、「面倒臭そうに」起き上がった男に見えた。
「ダンナには、ていのいい女なわけよね、わかってるわ。でも、時々自分が意味のない存在に思える。人形みたいな気持ちになることがあるのよ」
「そんなことを言われても、俺は……」
「わかってるわよ。ただ、私がダンナの何なのか、答えて欲しいだけ」
 ―――何なのか。
 ―――何なんだ?
 サラマンダーは何も答えなかった。
 ラニはやがて、疲れたような笑みを浮かべた。
「ごめん、ダンナ。最初からそういう約束だったのよね。女ってみんなそうよ。一つ手に入ると、次が欲しくなるの。バカみたい」
 忘れて、と彼女は言った。泣き出しそうな、小さな声で。
 そのまま踵を返し、彼女はドアを開けて出て行った。
 サラマンダーは追いかけることもできずに、開いたドアの隙間から見える漆黒の闇を見つめていた。










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