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サラマンダーは物も言わず傷の手当てをしてしまうと、新しいシャツを出してきて彼女に着せ、毛布に包んだ。
その間も、ラニはずっと震えていた。
寒いか? と聞かれて、ラニはほんの少しだけ頭を振って、否定した。
大きな手が、そっと髪を撫でる。
怖かったか、と、今度は問いかけではなく、彼は独り言のように呟くと、自分も毛布に潜り込んだ。
びくっと怯えた小さな背中をあやすように撫で、
「もう寝ろ」
そう言うなり、彼は目を閉じてしまった。
ラニはその表情をそっと伺う。
眉間に皺を寄せ、とても愉快そうな顔とは言えない。
少しでも気遣われているのだと、そう思うだけで指先まで暖まったような気がした。
「お前が」
サラマンダーは瞑目したまま、ふと口を開いた。
「死んだらどうしようかと思った」
「……何よ、それ」
ラニは腕の中で身じろいだ。
「お前がいなくなったら、俺はどうなるんだ」
「どうもならないでしょ?」
瞼が開いて、湖の色の瞳が彼女を見つめた。
不安に揺れたその目で。
「やめてよ」
解放を求めて太い腕を押しのける真似をする。
「やめてよ、今更」
「……今更?」
「わかったのよ、私にはもう、どうしようもないことなんだって。さっきの奴らに―――」
そこで、彼女は一度肩を震わせたが、構わず続けた。
「裏路地まで追い詰められた時、わかったのよ。夢を見てたの、私。バカみたい」
「どういう意味だ」
ラニは目を伏せた。
「体目当ての男は嫌って程知ってるし、ダンナもそういう匂いがしたから、だから私はダンナに近づいた。私はダンナの名声に興味があって、ダンナは私の体に興味があって。丁度いいじゃない、良い関係だと思ったわ」
サラマンダーは何も言わない。
「でも、段々わからなくなってきたの。こんな関係、退屈になったらポイッと捨てられちゃうんだろうし。だから、私が本当に欲しい物は何一つ与えてくれないんだろうって、そう思ったわ」
お金が欲しい。いい男も欲しい。立派な家が欲しい。
彼女が欲しがったものは数知れない。
でも、本当に欲しい物に限って、口に出したことはないのだろう。
ラニは、そういう女だ。
サラマンダーは腕を動かし、ラニの頭に居心地のいいだろう位置を探した。
「もう、寝ろ」
「ダンナのバカ」
ふん、と鼻で笑った男を軽く睨み、ラニは目を閉じた。
あっという間に闇へ落ちていこうとする意識が、心地いい。
―――ただ抱き締められて眠る夜なんて、かつてあっただろうか?
ラニはぼんやりと思った。
思った瞬間、コトリと眠ってしまった。
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