Dark Adaptation
<1>
「相変わらずやってるのかね、ラニちゃんよ」
カウンターに座るなり酒場の親爺にそう声を掛けられ、ラニは悪戯っぽくニコッと笑った。
「上々よ」
「まったく、『愛の狩人』とはよく言ったもんだ。賞金首を誘っておいて、隙を見てチョンだからねぇ」
と、首の辺りを右手で刎ねるような素振りをしながら呆れ声で言われても、ラニはフフ、と笑っただけだった。
まだ少女と言ってもいいくらいのその人は、賞金稼ぎで生活の糧を得る、文字通りプロの賞金稼ぎだった。魅惑的な容姿を利用して、男の賞金首を相手に仕事をしている。つまりは、誘惑しておいて寝首を掻くという手法だ。
「またいい話入ってる?」
「まぁ、新顔は入ったけどね」
グラスに酒を注ぎながら、彼は顔を顰めた。
「あんたが手を出せるような相手じゃないだろうよ」
「あら、馬鹿にしてるの?」
その店には賞金首の掲示板があり、ラニはよく利用していた。
「120万ギル?」
一際目を引く賞金首の張り紙をちらりと一目見るなり、ラニは素っ頓狂な声を上げた。
「どうしちゃったわけ、最近見ない大物じゃない」
「キングのお屋敷で盗みを働こうとしたとか何とかさ」
「それだけ?」
「何でも、自分を捕まえに来る輩を根こそぎやっちまうんで、賞金が跳ね上がってるって話だ」
「ふぅん」
ラニの黒曜石のような瞳がキラリと光ったのを見て、親爺は溜め息をついた。『獲物』を見つけた時、『狩人』がいつもこんな目をするのはよく知っていた。
「やめときな。あんたの手に負えるような相手じゃないさ」
「どうかしら」
顎の下で優雅に両手の指先を絡めて、ラニは楽しそうに微笑んだ。
「120万ギルあったら、いろいろできるじゃない」
捕ってもいない獲物の皮を計算し始めた『狩人』に、もう一度溜め息を送る。
「その前に死んじまったらお終いだろうが。命あっての何とやらだよ」
***
「そっちへ回ったぞ!」
トレノのスラム街で日々繰り返される捕り物沙汰。町人たちは心得たもので、そんな時には家の中に籠もり切って外へは出てこない。
とは言え、巻き込まれて命を落とす者も少なくはないと言う。
「右だ! 追い込め!」
「――― チッ」
追われていたその人は、小さく舌打ちした。
こう毎日繰り返されれば、身に覚えの無い罪で追われることにも慣れてくるというものだったが、ちょろちょろと追い回してくる雑魚共には閉口せざるを得なかった。
「よし、捕まえろ!」
「……」
追い回していた男たちが一斉に飛び掛ろうとした時、不意に風がざわめいた。
そろそろ潮時かもしれないと、サラマンダーは思っていた。
この街にいる限り、自分が死ぬか捕まるかするまで、この騒がしい状態は続くのだろう―――彼には死にも捕まりもする気はなかったが、永遠にこの状況が続いては、酒も不味くなるし、寝覚めも悪かった。
いくら身に覚えがないと喚いたところで、罪を免れることはないだろうと彼は思った。
脳裏に、自分を陥れた尻尾の男が浮かんだ。恨んではいなかったが、このままではどうにも胸糞が悪かった。その男に会って確かめたいことがある。そのためにも、この街を出て行くのは順当であるように思えた。
そこまで考えてしまうと、サラマンダーはぐいとグラスを煽った。
さっきから後方の客たちが自分に視線をくれているのを彼は知っていた。トレノ中に手配書が出回っているのだから―――更に、毎日のように街を騒がせているのだから、最早その顔を知らぬ者はないのだろう。
面倒事が起こる前に店を出て、今日の宿を決めてしまおうとサラマンダーは立ち上がった。
端から、一般の人間が立ち入るような店ではなかった。サラマンダーもそうと知っていてその店に入った。
一瞬鋭い殺気を察知した彼は、小さく舌打ちして店を出た。
「ねぇ、ダンナ。遊んで行かない?」
店を出たところで不意にするりと細い腕を絡められ、サラマンダーはピタリと足を止めた。
「安くしておくわ。ダンナみたいなタイプ、好みなの」
女は妖しげにフフ、と笑った。黒い髪に黒い目、肌も浅黒く、露出の多い服装は如何にもそういった人間を思わせた。
しかし。
「離れろ」
「いやぁね、怖い声出さないでよ」
「二度は言わねぇぞ」
細い路地だった。店の裏手に出る小道は二本あったが、一方は酒樽が高々と積み上げられていた。
サラマンダーは心の内で悪態を吐いた。
そう、その場所は逃げ道のない、いわゆる袋小路だったのだ。
尚も絡み付いてくる女の腕を振りほどき、サラマンダーはその背中を突き飛ばした。積み上げられた酒樽の隙間にその身体が吸い込まれたのと同時に、男たちがぞろりと姿を現した。
「焔色のサラマンダーだな」
「そうだったら何だ」
「やれ」
男たちが一斉に剣を抜いた。
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