<10>


 飛空艇で乗りつけるには不便な地形だったこともあり、二人は久方振りにチョコを呼んだ。
 傍目にも嬉しそうに飛んできた金色の鳥に、ガーネットはひしと抱きついた。
「久しぶりね〜、チョコ!」
「クエ!」
「桃源郷では元気にしてるの?」
「クエ!」
「そう、よかったわ」
 今更ながら、どうして会話が成り立っているのか不思議だ。
「んじゃ、チョコ。ベンティーニ高原の方まで頼むぜ」
「クエー!」
 彼は元気に鳴くと、草原を走り出した。


 アレクサンドリア高原を抜け、丘の辺りまで来た時。
 岩陰に固まって張られたテントがいくつか見えた。
 チョコを止め、歩いて近寄る。
 遊んでいた子供たちが数人驚いたように顔を上げ、目を見張ってこちらを窺った。
「お前たち、向こうに行っていろ」
 聞き慣れた声がして、見知った人物が近寄ってくる。
「ガーネット女王、お待ちしていました。さぁ、こちらへどうぞ」
 朝の光の中では、彼も自然に穏やかな微笑を浮かべるらしく。
 真ん中に建てられたテントを指す。
 ジタンが明らかに警戒した表情をすると。
「ご心配なく。もう何も致しませんから」
 ……無理もありませんが、と、男は瞳に苦笑を滲ませた。
 ガーネットはジタンを見る。
「ねぇ、わたし一人で行くわ」
「―――あのなぁ」
「大丈夫よ。でも、その代わり―――」
 彼女はもう一度男の方を見ると、
「外でお話しても構わないかしら。主人が、見えないところへ行くと心配するので」
 彼はちらりとジタンを見た。
 そして、肯く。
「いいでしょう。そこの土手でよろしいですか? ちょうど座って話せますから」
 ガーネットも、にっこりと肯いた。


***


「―――本来なら、謝罪しても足らないことも、重い罰を受けねばならないこともわかっています」
 不意に口を開くと、彼はそう話し始めた。
「しかし―――そう簡単に自分の信じていた歴史をおいそれと捨てることも出来ず……今でも本当だったのではないかと信じているくらいなのですから」
「どういうことですか?」
 ガーネットは自分の膝を両手で抱え、首を傾げた。
「そうですね……最初からお話しましょう。事の始まりは500年前、一人の女性が赤ん坊を産んだところからです」


 500年前。
 アレクサンダーの暴走によって犠牲になった一人の時空魔道士。
 その妻は、子を身籠っていた。
 目の前で夫を亡くしたショックから狂気に陥った彼女が産んだ赤ん坊。
 その子を産み、彼女は死んだ。
 最後までこう叫んでいた。
 『彼を殺したのはアレクサンドリア国王だ―――!』
 と……。
 そして、一人取り残されたその子はやがて、諸国を廻る旅に出た。
 旅先で結婚し、子を儲け。
 しかし、母の恨みを忘れる事はなかった。
 アレクサンドリア王家が自分の父を殺し、母を殺した。
 彼は、その思いを子に託して死んだ。
 その子は、父から聞いていた霧の下の、時空魔道士一族の集落を訪ねた。
 彼は、喜んで迎えられた。
 彼には、額に召喚士の証である角が生えていた―――彼の父は召喚士と結ばれていたのだ。
 彼を媒体に、密かに召喚実験が繰り返された。しかし、上手くいく日が来ないうちに彼は死んだ。
「―――その召喚士が残した書物が、このほど出土されたのです」
 定住しない一族は、彼の墓の場所さえ覚えていなかった。
 ただ、その場所を示す口承歌があっただけだった。
 ようやく探し当てたその場所に、彼がしたため続けた書物が埋蔵されていた。
「彼は、土地を取り戻そうと工作する者たちに言われるがまま、召喚実験を繰り返していました。しかし、その実験を良かれと思わなかった一族の長が―――土地を追われた事情を存じていたのでしょうね―――彼の死後、実験の経緯などを記した書物を封印した。それを我々が時を越えて掘り出した―――ちょうど六年ほど前、あの大戦の頃でした」
 なぜ、我々一族が霧の下を放浪せねばならないのか。
 その疑問は晴れた。
 住み慣れた土地を追われた先祖たち。
 殺された魔道士とその妻の狂気。
 その子供が苦行を強いられたこと。
 すべてが恨めしかった。
 ただでさえ、アレクサンドリアは今、罪のない人々の命を奪い続ける国だ。
 許さない。
 強い思念となってアレクサンドリアへ―――つまりはガーネット女王への殺意は育ち続け、その標的が幸せに暮らしている事実を知ってついに行動に出た。
 目の前で夫を殺された彼女の復讐を、と。
 

 ガーネットが小さく身震いした。
「そう、恐ろしい事でした。……しかし、我々は疑わなかった。自分たちの正義を、決して疑わなかったのです。アレクサンドリア王家は悪だと……」
 沈黙が流れる。
 暫くして、再び言葉が紡がれ始めた。
「土地を取り返したいという思いもありました。我々の住んでいた土地なのだから、当然権利があるのだと。しかし、あれはもう500年も前の事だ……それに、あなたのおっしゃったのが正しい歴史だったのだろうと、今になってみると思うのです」
 溜め息をつくと、彼はガーネットを見つめた。
「……あなたは召喚士だ。我々は、召喚士に酷い仕打ちをしたと今でも思っています。古の召喚士は最後に、こんな手記を残していました。『言われるがまま実験を繰り返したが、それが私の命を縮める事だと、彼らも知っていたはずだったのに』」
 子供の歓声が聞こえ、チョコボの鳴き声が響いた。
 見ると、ジタンがギザールの野菜を放り投げ、それをチョコが口ばしでキャッチして子供たちを喜ばせていたのだ。
 悪戯っ子のような顔をしている、と、ガーネットは小さく溜め息をついた。
「彼は―――変わっていますね」
 ふと、男は言った。
「ジタンのことですか?」
「はい」
 ガーネットは、子供たちに笑いかけるジタンを見つめた。
「―――彼は、テラという星の人間なんです」
「テラ……」
「あの大戦を引き起こした人たちが住んでいた星です」
 相手が肯いたのを見て取り、ガーネットは草を弄ぶ自分の指に目を落とした。
「彼は、幼い頃このガイアに捨てられて、この星で育ちました。自分がどこで生まれたのか、なぜ生まれたのかも知らずに……。だから、彼は本当のことを知った時、ひどく苦しみました。自分が、故郷の星を滅ぼすために生まれたということを知った時」
 その時のことを思い出して、ガーネットは眉を顰めた。
「でも、彼は誰よりもこの星を愛していました。自分の命さえ顧みずに守ろうとしたほどに。彼は、自分に科せられた運命も、歴史も、すべてかなぐり捨ててガイアを守りました」
 戯れている愛しい人に目を遣り、ガーネットは僅かに微笑んだ。
「きっと、今でも彼は辛いと思うんです。でも、負けなかった。刻まれた過去はもう変えることは出来ないけれど、これから刻む未来なら変えることが出来るから、と」
「私たちも変われるでしょうか」
 魔道士は小さく呟いた。
「我々は、結局過去に囚われてどこにも定住しなかった。無意識のうちに、過去の惨事を恐れていたのだと思います。―――その恐れを、私は貴女にすり替えた」
 ガーネットは黙ったまま、その目をじっと見ていた。
「我々は、歴史を忘れるわけにはいかないのでしょうね」
「ええ」
「これからも刻み続けるのですね」
 ガーネットは優しく微笑んだ。
「あなた方さえよろしければ、アレクサンドリアで暮らしませんか?」
「え?」
 突然の言葉に、男は驚きのこもった目をした。
「元はと言えば、あなたのご先祖様をアレクサンドリアから追い立ててしまったことが元凶だったのですから……」
「いえ。我々の先祖が召喚実験など行ったのがそもそもの元凶です」
 ガーネットは頭を振った。
「でも、国史にさえその詳しい経緯を記していなかったのだから……申し訳なかったと思うんです。あなた方の苦しみを、きちんと歴史に刻まなかったこと―――だから、ちゃんと伝えたいんです。なかったことには出来なくても、もう一度あなた方とやり直したいんです」
「ガーネット女王……」
 彼は不意に立ち上がり、アレクサンドリア式に跪いた。
 ガーネットも立ち上がる。
「ガーネット女王陛下。我々は今更何事もなかったかのように、あなたの傘下に入れていただくことは出来ません。我々は、大きな罪を犯したのですから」
 ガーネットは小さく息を吐いた。
「そのことについては、謝罪を認め、あなた方を許そうと思います。―――二度と、理由なく人を傷つけないと誓ってくださるなら」
「堅く、誓いましょう―――貴女様への忠誠と共に」
 草原の向こうで、異変に気付いたジタンがびっくりした顔をしているのがわかった。
 ガーネットは微笑むと、帰ります、と告げた。







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