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件の事件については、即座に城の警備隊へ伝えられた。
その為、サラマンダーの言った通りガーネットの耳にもその話は瞬時に達してしまい、ジタンは懇願され、しばらく街へ出なかった。
その間いろいろ考えあぐねてみたものの、やはりそんなことをしに来るような人物には思い当たらず。
―――しかし、そこはかとなく嫌な予感があった。
ガーネットがひどく不安がり、彼女をそんな風に心配させてしまったことに、ジタンは深く反省の念を覚えた。
―――笑っていて欲しいのに。
と。
産前休暇を取っているベアトリクスが城へ戻ってきた。
「休まなくていいのか?」
と聞くジタンに、ベアトリクスは微笑み掛けた。
「ガーネット様お一人でジタン殿のお世話をするのは、少し荷が重くておられるようなので。お腹の子はあなたと違って聞き分けがいいので、大丈夫ですわ」
憮然としたジタンの顔を見て、ガーネットは声を立てて笑った。
そのため、ジタンは怒るに怒れなくなったが。
それに、活火山のごとく怒るスタイナーにかなり閉口してもいたため、溜め息だけでその場は済ませた。
そう、スタイナーは城に事件の知らせが届くや否や物凄い勢いで怒り出したから、たまらない。
ある時などは、尖塔の一つに隠れたほどだった。
「貴様は勝手に街へ行き、勝手に付け狙われ、挙句陛下に心配をかけ、どこまで身勝手にすれば気が済むのか!」
と、日頃から彼の身勝手さに溜まっていた鬱憤を晴らすべく、スタイナーは怒号を上げるのだった。
でも、それはただ単なる鬱憤晴らしではなく。
スタイナーはスタイナーなりにジタンを心配しているらしかった。
彼は今、プルート隊を総動員して犯人の追及と事件の詳細を調べ上げている。
***
ある夜、ガーネットは夢を見た。
―――ビビの夢。
彼がいなくなってから、何度となく見るあの少年の夢。
でも、いつものような暖かい思い出の夢ではなかった。
とんがり帽子の少年は暗闇の向こうで、金色に光る目をじっとガーネットに向けた。
彼は、とても真剣な目で言ったのだ。
「おねえちゃん、大変なことが起こるかもしれないんだ」、と。
―――頑張って。負けないで。
いつものように帽子を手で押さえ、きゅきゅっと直す。
彼は必死に訴えていた。
何かが起こる。
ガーネットは暗闇の中、静かに起き上がり、僅かに身を震わせた。
とてつもなく、恐ろしい気がした。
隣でぐっすり眠っているジタンの顔を覗き込んでみた。
……絶対に失いたくない存在を、絶対に守り通さなければならない。
でも、得体の知れない恐怖に対して、一体わたしは何が出来るの?
次の日。まだ街にいるというサラマンダーを訪ね、ガーネットは大通りの、事件のあった酒場へと赴いた。
「何の用だ」
と、素っ気無いサラマンダー。でも、たぶん彼にも何か感じるところがあるのだろう。こんな風にアレクサンドリアに長く滞在するのは―――あの月日以来だ。
「あのね、サラマンダー。お願いがあるの」
白いフードで顔を隠し、街の人々に知られぬようここまで来た訳。ガーネットは回りくどいことは言わず、単刀直入に切り出した。
「しばらくアレクサンドリアにいて欲しいの。しばらく、と言うか、ずっと」
「……ずっと、か?」
「ええ」
ガーネットは黒い瞳をサラマンダーに向け、ひどく不安げな顔をした。
「ジタンのことか?」
「……ええ」
「なるほどな」
「あなたが側にいてくれたら、それ以上に心強いことはないわ。側で、ジタンを守って欲しいの……あの、もちろん強制するつもりはないんだけど―――」
サラマンダーは、必死な目をした彼女越しにふと、壁を見つめた。
燃えるように赤い髪の隙間から覗いた、青みがかったグレーの瞳が少し、見開かれる。
「……サラマンダー?」
目線が戻ってきて、彼は一瞬、驚愕の眼差しを彼女に向けた。
「どうしたの?」
「―――いや、なんでもない。そうか、わかった。そろそろトレノの仕事も引き上げようかと思っていたところだ。いいだろう、雇われてやるよ」
と、いつになく饒舌に喋ると、サラマンダーは立ち上がった。
「送っていこう」
そう、彼が見ていたもの。
それは、あの日刺さった矢が空けた穴。
―――壁に貼られた賞金首の貼り紙の、賞金のギルマーク。
ど真ん中を射抜かれた、 『G』……だった。
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