<4>


 半月振りにやってきたジタンに、酒場のマスターも馴染みの客も、みな喜んだ。
 事件の話も出たものの、「さすが八英雄だけあって、すばしっこかったなぁ」などと言われるだけだった。
「すばしっこいのはオレが盗賊だからだろ?」
「いよっ、盗賊! 一世一代の盗品は、女王陛下のハートかい?」
 わっはっは、と盛大な笑い声が上がり、カウンターの隅で一人黙していたサラマンダーは、呆れ返って振り向きもしなかった。
 一時ほど酒場で盛り上がると、ジタンはそろそろ帰るか、と立ち上がった。
「なんだ、もう帰っちまうのか? 久しぶりだってのに」
 と、マスターは残念そうに言う。
「あんまり長居してると城のみんなに心配掛けるからさ。また来るよ」
 ジタンは悪戯っぽく笑うと手を上げて店を出ていった。
 サラマンダーも立ち上がる。
 ……腑に落ちない感覚。
 酒場から城へは扉を出て右。しかし、彼は左に曲がって行った。
 壁越しに気配を察知したサラマンダーも無言で酒場を出た。


 大通りを、外門へ向けて走っていく金色の頭が見える。
 その先を慌てたように逃げていくフードを被った人影。
「あのバカが―――」
 罠か、そうでなければ挑発だ。
 サラマンダーは後を追い、街を出る。
 フィールドに人影は見えない。
 ……見失ったか?
 湖、平原、高く囲む山。
 ―――森。
「……あそこか」
 サラマンダーは見極めをつけて再び走り出した。


***


 茂みから飛び出してきたモンスターたちの尋常ならぬ殺気。
 木の上から自分を見ている人間のような気配。
 街中で自分に向かって矢を射った相手は闇に紛れたが、確かにそこに気配がある。
 ジタンは腰に差していた短剣を抜いた。
「―――誰だよ、お前」
「答える義務はない」
 低く呟くような―――聞いたことのない声。
「何でオレを狙うんだよ」
 シュッ、と銀色の光が頬を掠め、背後の木に刺さる。
 それと同時に、数多のモンスターが咆哮を上げ襲い掛かってきた。
 ジタンは舌打ちして飛び上がった。こう数が多くては一人で相手に出来ない。
 ―――せめて、顔だけでも確かめなければ。
 人の気配を感じる方へと走る。
 飛んでくる銀色の矢をかわし、その矢の飛び方から、狙撃手が複数であることを悟った。
 しかし、次の瞬間、気配がふっと逸れた。
 え? と振り向いた先、野獣の唸り声が上がる。
 ―――このただならぬ雰囲気……魔獣使いか?
「卑怯だぞ! 言いたいことがあるならはっきり言えよ!」
「―――どちらが卑怯なのだ」
 低い声がやはり呟くように返す。
 距離感も方向も掴めないように。
「オレのどこが卑怯なんだよ」
「お前ではない」
 ―――?
 一瞬気がそれたジタンの頭上をモンスターが複数襲う。
 ジタンはオリハルコンを構えた。
 一刀両断に一頭を倒すと、ジタンは再び自分を囲むモンスターの群れから飛び出して走る。
 ―――オレではないって、どういうことだ?
「ちょこまかと煩い―――止めろ」
「は」
 やはり、人の気配が複数ある。でも、どこにいるのか見えない―――
「―――っ!」
 突然、がくんっ、と足の力が抜ける。
 躓きそうになるのを堪えて立ち止まり、振り向いた。
「―――っつ」
 右足の脹脛辺りに鋭い痛みが走る。
 マズイ―――足をやられた。
 盗賊の彼にとって、素早さを失うことは命取りだ。
 でも、ポーションも何も持ってこなかった。
 今更になって軽率な自分の行動に悔いを感じた。
 ―――心配させる。また泣かせてしまう。
 どうしても、無事に帰らなければ―――!


 足の痛みが元となって、ジタンの体の中から赤い光が沸き起こった。
 トランスだ。
 怒りのために赤色に変化した瞳が鋭く闇を射抜く。
 追いついたモンスターが一斉に攻撃を仕掛けたが。
「―――グランドリーサル!」
 ジタンの体を中心に光が湧く。地獄さえ焼き尽くしそうな火が、モンスターの群れを襲った。
 光が止んだときには、モンスターは一蹴されていた。
「さすがは『女王の想い人』……凄まじい破壊力だな、ジタン・トライバル」
 ―――オレの名を知っている?
「一体、お前は誰なんだ―――!」
「我々はアレクサンドリア先住民……古の昔、お前が愛するあの女の祖先がこの地から無碍に追い出した民族の末裔だ」
 どこからともなく声が響く。
 ぞくり、と背筋が凍る気がした。

   『お前ではない』

 つまり……狙いは―――!
 走り出そうとして、足の痛みを思い出す。右足に全く力が入らない。
 シュッと矢が奔り、彼が少しでも動くことを許さなかった。
「今更急いたところでもう間に合わない。あちらにも使者を送ってあるのでな―――」
 梟のような低い笑い声が木々をこだまし、一人の人影が近づく。
「我々の狙いはアレクサンドリア女王、ガーネット・ティル・アレクサンドロス17世の命、ただ一つ。あの女も、我らが祖先の受けた苦しみ―――愛しき者の死という苦しみを思い知ればよいのだ」

  愛しき者の、死……?
  それは―――オレのことか?

 一歩も動けない。
 声がずっと遠くから聞こえてくるような気がする。
「しかし予想以上の戦い振り。あちらにも動いてもらうとしよう」
 ピ――――ッと音が響く。指笛だ。
 たぶん、ガーネットのいる城を襲う合図……。
「―――やめろ!」
「言うことはそれだけか」
 さらに近づく人影。手には金属の矢が装填されたボーガンが握られている。
 しかし、声はその人影とは別の方向から響いているようだった。
 多分囲まれたのかもしれない。
 でも、自分のことなどどうでもよかった。ただ、彼女を守りたくて。
 なのに。
 体が金縛りのように動かない。
「撃て」
 銀色に光る矢が、弦を離れて飛び出す。
 必要以上にゆっくり見えるその動き―――
 目で、追うことさえ疎ましかった。






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