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「ジタン!」
「大丈夫じゃ、ダガー。落ち着くのじゃ」
 フライヤはガーネットの肩に手をやり、ぎゅっと抱き締めた。
「ただの毒じゃ。死にはせぬ」
「ジタン!!」
 しかし、ガーネットの耳にはフライヤの声も届かない。
「―――これでは埒が明かぬな。エーコはどうした」
 と、錯乱状態のガーネットを手放し、傍にいたクイナに尋ねる。
「もう寝たアルよ。子供は寝る時間アルね」
「……そうか」
 フライヤは一瞬頭を抱えた。
 どうするか。ベアトリクスはポイゾナを使えない。
「毒消し持って来い。その方が早いぞ」
 と、ジタンを寝台に降ろしたサラマンダーが言う。
 承知した、とスタイナーが走ろうとしたが、その前にガーネットがやっと我を取り戻した。
 震える手でジタンの手を握り締め、ポイゾナを唱える。
 それでも目が覚めないので、ガーネットはケアルガの呪文を唱えた。
 ようやっと、青い目が開いた。
「ジタン!」
「……ダガー?」
 ぽろぽろ涙を零す愛しい人。
「無事、だったんだな?」
 ガーネットは泣きながら、こくこくと頷いた。
 ほっと安堵の溜め息を漏らす。
「よかったぁ―――」
 天井を見上げたままの顔を、フライヤが覗き込んだ。
「どうじゃ、気分は」
「いいわけないだろ。なんか、二日酔いみたな感じ」
 フライヤは頷いた。
「おぬしはまだ休んでおれ。私たちは今後の事を話し合ってくるのでな」
「オレも行くよ」
 と、起き上がる。
「それには及ばぬ。それから、ダガーはここに置いて行くからの」
 意味ありげに言うと、フライヤは傍で呆れたような顔をしていたサラマンダー、クイナ、スタイナーと部屋を出る。部屋の外にはラニとベアトリクス、フラットレイが待っていた。
「こっちには、大した奴は現れなかったのよ」
 と、小麦色の肌の斧使いが言う。
「狙いはあくまでこっちだったってことか」
 と、サラマンダー。
「なんで? 相手は女王さん狙ってるんじゃないの?」
「そのはずなのじゃが……」
「警備の万全整ったガーネット女王より、ジタン殿のほうが狙いやすかったのだろう。恐らく、彼の行動パターンを調べたのだろうな」
 フラットレイが口を挟んだ。
「一体、相手は何者なのだ?」
 スタイナーが眉をひそめると、
「それに関してはトット先生のご報告を受けております」
 ベアトリクスが告げた。
「先生は図書室においでです」
「では、参るとしよう」
「私は陛下のお傍に」
 ベアトリクスは一度礼をすると、部屋へ入っていった。


***


 抱き締めて背中をさすってもなかなか泣き止まないガーネットに困惑しつつも、ジタンの胸は安堵で一杯になっていた。
「よかった、ダガー。何かあったらどうしようって、本当に心配だったんだ」
「だって、ジタンが怪我したじゃない……! わたし、そんなの嫌よ」
「大丈夫だよ」
「大丈夫じゃないわ! 怖かったんだから!」
 扉が開いて、ベアトリクスが入ってくる。
「失礼致します」
 普段なら決してプライベートに立ち入らないこの将軍も、今の状況ではさすがに引かなかった。
「なぁ、どうにかなんないかな、これ」
 と、がっちり抱き締められたままジタンが情けない声で言う。
「陛下はあなたを大変心配しておいででしたから。無傷で帰ってきていただかなければ困ります」
「―――そう言われてもさぁ」
 できるだけ努力はしたんだけど……と、口を尖らせて呟く女王の夫に、女将軍は微かに笑みを送った。
 無事でよかったものの。
 ―――まったく、相手も考えたものだ。
 確かに、この男を殺めればそれだけで、彼らの目的は難なく落ちるかも知れない。
 射抜かれた『G』の文字。それを聞いた時、ベアトリクスは身の毛のよだつ思いをした。
 この国の者だろうか。
 だとしたら、一体この街のどこにそんな邪悪な隙が……?
「―――あいつ、オレのこと『女王の想い人』って言ったぜ? それって、アレクサンドリアの人間ってことだよな」
 ふと気付くと、ジタンはベアトリクスを真っ直ぐ見ていた。
「ええ。他の国の人間は、そのようにはお呼びしませんね」
「嘘よ! この国にそんなことする人がいるわけないわ!」
「でも……」
「私も、そう思います」
 ベアトリクスが静かに言うと、ほら、とガーネットはジタンの腕を揺さぶった。
 ジタンは一つ肯くと、小声で告げた。
「あいつ、この国を追われたとか言ってたな。―――ずっと昔、あいつの先祖が」
 ジタンの腕を掴んでいたガーネットの手に、力がこもる。
「よく、わからないの……。トット先生もそんなことおっしゃってたわ。でも、そういう事実があったとすればもっと詳しく書いてある書物があってもおかしくないって。古い国史にたった一行そういう記述があるだけで、あとはよくわからないのだそうよ。―――獣使いの一族で、時空魔法を操ったって」
 ガーネットがいた城でも操られたようなモンスターが数頭確認され、操り主と見られる人間が呪文と共に一瞬で消えた報告もあった。
 だから、今回の一件はこの一族の子孫が起こしたものではないか、とトットは提言していたのだ。
「たぶん、それだな」
「だとしたら―――ジタン、わたしのせいでこんな……」
「それは言いっこなし。オレはもう、君の伴侶なんだから」
 と、頬に一つ口付けを送る。
「きっと、また来るんだろ?」
「はい、恐らく。体勢を立て直してからでしょうから……今夜中はないと思われますが。ただ、相手は魔術を使う民族、油断は出来ません」
 と、ベアトリクスが告げた。


 ジタンはもう一つ、謎の男が残した言葉をどうしても口に出せなかった。

     『愛しき者の死という苦しみ』

 この麗しの姫君に、自分はその苦しみを既に一度味わわせてしまったことがある。
 言ってしまったらそれだけで再び彼女を苦しめるかも知れないという恐怖が、ジタンの胸を掠めた。







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