<7>
それから二日目の夜。
再びアレクサンドリアを震撼が襲った。
予想を超える数のモンスターが街へと雪崩れ込んできたのだ。
部屋に残ったガーネットの傍にはジタンがいた。
ベアトリクスも残った。
しかし、それ以外の仲間たちは全員街へ出て、モンスターから街と城を守ることに徹さざるを得なかった。
それほどの攻勢だった。
胸元で固く両手を握り締め、ガーネットは目を閉じて必死に祈っていた。
誰も傷つかないように……と。
誰も、一人も。
「ダガー」
窓の外を窺っていたジタンが、寝台に向かって跪き祈りを捧げる妻の傍へ戻ってきた。
「大丈夫だよ」
苦悩に満ちた黒い瞳が、安心するようにと少し微笑んでいる青い目を捉える。
「―――あの時のようにはならないから」
彼女の心に去来する恐れを読み取って、ジタンは一言呟いた。
あの時。
彼女の体から無理に引き離された召喚獣バハムートが、彼女の愛してやまないこの街を、城を襲った日。
しかし、最強とも言える召喚獣と違い、今、街を襲っているのは普通のモンスターたち。
霧が消えてからは人を襲うことも少なくなった。
そして、それらと対峙しているのはあの大戦を潜り抜けた屈強の戦士たち。
だから、大丈夫、と。
ジタンは黒い絹糸のような髪を指で梳いた。
ガーネットは頷いた。
仲間たちのことだけは、絶対に信頼していたから。
それを確認すると、ジタンはにっこりと微笑んだ。
***
どれくらい経った頃だろう。街の方では変わらず咆哮や奇声や、金属のぶつかり合うような音が響いていた。
窓の向こうに、黒い影が見えたような気がして。
ガーネットは、一瞬震えるとぎゅっとジタンの腕を掴んだ。
女王の部屋にずっと詰めていた女将軍が鞘から剣を抜いた。
―――来た。
その瞬間、部屋の窓ガラスが全て飛んだ。
「温い警護だな」
彼は言った。
レビテトでもかけたのか、彼はかなりの高さがあるこの部屋の窓の外に浮いていたのだ。
分厚い生地のローブはそのままだったが、今は、顔を隠してはいなかった。
初めて見る、彼の目。
取り憑かれたようなその目に、空気さえ凍った気がするほど。
ジタンも、準備していた最強の盗賊刀を構えた。
「下がっていた方がよいのでは? 身重の将軍よ」
男は不敵な笑みを浮かべた。
ベアトリクスは答えない。
「その子諸共死ぬる気か?」
「―――騎士の子は、生まれながらに……生まれる前から騎士なのです」
静かな声と共に、セイブザクイーンが月の光に煌めく。
「面白い事を言うのだな、女将軍」
闇の中、広げた両手から風が巻き起こり、鋭い刃のようにベアトリクスを襲う。腕や頬、白い肌に赤い筋がいくつか走った。
ガーネットが悲鳴を上げる。
咄嗟に駆け寄りそうになったジタンを一言押しとどめた。
「陛下を」
と。
「貴女には動かないでいただこう、ベアトリクス将軍。私は貴女の主に用があるのだ」
凍るような目線が、ジタンの背中に庇われたガーネットに向かう。
「我々の復讐を果たすべき目的……」
口元が一瞬歪む。
斬り込みそうになったベアトリクスに目もくれず、片手を上げ、真っ直ぐガーネットを指差した。
ベアトリクスは剣を翳したまま、動けなくなった。
「動かないでいただくと言ったはずだが、将軍?」
一寸も動けないベアトリクス。
それは、ジタンも同じ事だった。
―――背中越しに、緊張感が伝わる。
ガーネットは、意を決して口を開いた。
「……復讐とは、あなた方の祖先がこの地から追われたことへの復讐なのですか?」
狂った瞳が一瞬強張り、その目に射抜かれるのではないかという恐怖が走った。
庇うように回されたジタンの腕に、ますます力が込もる。
しかし、聞かないわけにはいかない。
訳もわからず闘っている仲間たちに納得してもらえるだけの答えが欲しい。
いや、彼に傷を負わせたことへの説明を、わたしが欲しい。
「そうだと言ったらどうなるのだ、女王」
「あなたは間違っています」
ガーネットはきっぱりと言った。
男は眉を吊り上げ、一層怒りに触れた目をする。
しかし、彼女の言ったことは正しいはずだった。
トットが何とか掻き集めた古い文献と彼の知識から、500年前の召喚実験がアレクサンドリア付近で行われ、その際アレクサンダーが暴走したという事実は間違いないと確認された。
旧アレクサンドリア王国のあった場所は現アレクサンドリアから少し離れており、現在城のあるこの地には、確かに時空魔法を操る一族が古くから住んでいた。
―――彼らは、時空魔法と召喚魔法の融合を図った。
霧の三国は彼らの企てを止めなかった。圧倒的な威力を持つ召喚魔法に時空魔法を絡めればますます大きな力が発揮されるかも知れない可能性を考えたためだった。
しかし、実験は失敗に終わった。
実験場から程近かった旧アレクサンドリアの街は、壊滅的な被害を受けた。国民に、多くの犠牲者が出た。
そして、時空魔道士の一人も、その実験の犠牲となったらしかった。
霧の三国は深く後悔した。魔道の世界は人の介すべからぬ世界。なぜ止めなかったかと。
二度とこんな事を起こしてはならない。
宝珠を四つに割り、最後の一つを持った召喚士一族は大陸を去った。
アレクサンドリア城は新たに、アレクサンダーの召喚された地の真上に建てられることとなった。
その地に住んでいた時空魔道士一族は、霧の下へと住処を移した。
―――トットは、そう推測した。
ほぼ事実からはずれないと、彼は自信を持って肯いて見せたのだ。
ガーネットは古く刻まれた過去の歴史を、目の前の男に語って聞かせた。
考え直して欲しい、と彼女は訴えた。
こんな風に人を傷つけるのはやめて欲しい、と。
―――しかし、そんなことで緩む殺気ではなかったのだ。
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