<9>


 あれほどにも鋭かった殺気が、ふっと消えた。
 男は両手を下ろした。
「―――女王よ」
 静かに呼ばれ、ガーネットは目を開けた。
「貴女と話しがしたい。明日一日、アレクサンドリア高原の東側出口で貴女を待つ」
「行かせない」
 ジタンは光の治まったガーネットの体を抱き寄せ、一言言った。
「―――心配なら貴方も来ればいい、ジタン・トライバル。しかし、我々はもう何もする気はない」
 怒りの静まった瞳で、彼はガーネットを見つめた。
「召喚士―――なのですね、貴女は」
 ガーネットは瞬きした。
「……ええ」
 小さな返答をもらうと、彼は満足して頷いた。
「お待ちしています」
 詠唱を始めた相手に、フライヤは槍を繰り出しかける。
「フライヤ!」
 ガーネットがそれを止めた。
 ふっと消えた黒い影。
 街も静かになる。
「……甘いぞ、ダガー。なぜ逃がす」
 フライヤは構えていた槍を下ろし、非難めいた声色で言った。
 ガーネットは微かに微笑む。
「もう何もしないって言ったわ」
「仮にも、おぬしの命を狙うたのじゃぞ―――おぬしと、ジタンの」
「ええ、わかってる。でも……」
 ガーネットは自分を抱き締めるジタンを見た。
 彼は暫く呆れたように彼女を見つめていたが。
「ダガーがそれでいいならいいけど」
 と溜め息をついた。
「明日、行くんだろ?」
「ええ」
「お前って、ホント時々大胆だよな、行動が」
「……あなたに言われたくないんだけど」
 ガーネットが頬を膨らませると、ベアトリクスが失笑を漏らした。
「ガーネット様、私もお供いたします」
「あら、ダメよ。あの人、あなたも来ていいとは言わなかったわ」
「しかし―――」
「一人で会ってみたいの。何か言いたいことがありそうだったから……」
 ―――召喚士。
 彼にとっても、その存在は特別なのだろうか。
「ジタンも一緒に行くし、大丈夫よ」
 と微笑む年若い女主に、ベアトリクスはどうしたものかと頭を悩ませた。


***


 案の定、スタイナーは猛烈に絶対反対を貫き通した。
 百歩譲っても、自分もついて行く、と。
 ……しかし、ガーネットがこうと決めたらかなり頑固なことを、かの隊長殿も、女将軍も、熟知してはいた。
「みんなに戦ってもらっておいてこんなこと言うのは悪いと思ってるのよ、本当に。ごめんなさい」
 仲間たちの顔を見渡し、ガーネットは眉を寄せて頭を下げた。
「―――そんなことは構わぬが」
 フライヤが困ったように言う。
「そうよそうよ! それに、ダガーに何の話があるのかも気になるのだわ」
 と、エーコ。
 サラマンダーは無言。怒っているわけではないようだった。
 クイナはというと。
「世界にはまだ知らない一族が住んでいるアルね! きっとワタシの知らない料理もアルね!」
 ―――この御仁は事態をわかっているのだろうか。
「あのなぁ、危ないんだって、ホントに」
 ジタンは溜め息をついた。
「何よ、ジタンらしくないじゃない。怖気づいてるの?」
 エーコが反論する。
「そうじゃなくて!」
「私もやはり、いくらジタンがついて行くとはいえダガーを単独で行かせるのは心配じゃ。隊を組んで護衛されておるならまだしも」
 フライヤも反対意見を述べた、が。
「―――そんなものがついて行って、相手の神経を逆撫でする方が危ないと思うが」
 フラットレイが言う。
 フライヤは一瞬彼を見て、確かにそうですが、と俯いた。
「おぬしの気持ちもわかるが、フライヤ。私はジタン殿を信じたい」
「へ?」
 間抜けな声で返事するジタン。
「おぬしならば、腕一本でガーネット女王を守れるであろうが」
「ま、まぁ……」
 幾分圧され気味ではあったが、肯いてみせる。
 途端に、ガーネットの黒い瞳がキラキラ輝き出した。
「彼の腕は、ここにいる人間すべてが保証する。そうではないか?」
 確かに、と全員が頷く。
「ならば、問題ない。我々は信じて待っておればいいのだ」
 ……今度は、誰も何も言わなかった。


 かくして、恐れ多くも「鉄の尾フラットレイ」に太鼓判を押されたジタンだけが、ガーネットに付き添って約束の場所へ出掛ける運びと相成った。







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