Tantalus' Panic! 1793 〜Little Princess-Little Thief〜
「絶対ブスだね!」
「い〜や、美人だ」
「あり得ないだろ! ブラネ女王はあんなに不細工じゃないか」
「でも、アレクサンドリア始まって以来の美姫、だぞ?」
「ウソさ、そんなウワサ」
「なんでだよ!」
「あ〜、もう、うるさいわぁ。何やの、あんたたち!」
バシバシッ!
台本を丸めた即席のぶっ叩き棒で二つの石頭を殴る音。
「って〜〜!」
「あにすんだよ、ルビィ」
「あんたたちがうるさいんが悪いんやんか」
ここは、リンドブルム劇場街、タンタラス団のアジト。
さっきから子供部屋でギャースカ喚いているのは、ブランクとジタンだ。
「何もめてるんっスか?」
マーカスが遠巻きに見物したまま、言う。
ルビィはさして怒った雰囲気でもないが、いつあのヒステリーが炸裂するか、予測がつかないのだ。
「ん? ああ、ほらさ。もうすぐアレクサンドリア公演だろ?」
とブランク。
「アレクサンドリアのガーネット王女が、初めて芝居見物するんだとさ」
「だから、そのガーネット王女が美人かブスか、って話になったワケ」
「絶対美人だね!」
「いや、ブスだよ、ブス!」
美人派のブランクとブス派のジタンはまた言い争いを始める。
「そんなこと言ったって、ガーネット王女は美人で有名ずらよ」
シナが口を出す。
「だから、そんなのただのウワサだって、絶対。あんな不細工な母親から、そんな世紀の美人が生まれると思うか?」
「確かにそうっスね」
マーカスがもっともだと頷いた。
「だろ?」
「なんだよ、マーカス。ジタンに荷担するのか、お前!」
「え? えっと……」
「アホらし〜。あんたたち、そんな事でよぉケンカできるわ」
ルビィが肩を竦めた。
「ケ、ケンカなんてしてないぞ!」
「そうだ。これは身のあるギロンだ!」
議論、という言葉の意味はよくわかってないジタン。
「何が議論やねん。アホらしくて言葉も出んわ」
ルビィはさっき丸めて武器にした芝居の台本を広げ、彼女の言う「アホな男共」は無視と決め込んだ。
「じゃぁ、わかった。賭をしようぜ!」
と、ブランクが提案。
「賭?」
「そうさ。ガーネット姫が美人かブスか、賭けるのさ」
「何を賭けるずら?」
「そうだな〜……一週間、掃除洗濯当番!」
「昼飯は?」
「それも付けたっていいぜ」
「じゃぁ、あと、カードってのはどうっスか?」
「あ、ブランクが持ってるヴィルトガンスのカード、欲しいずら!」
シナが便乗。
「まぁ、いいけど……。じゃぁ、シナは、ブス派になっちゃうぜ?」
「いいずらよ。たぶん、ガーネット王女はブスだと思うずら」
「お、俺もブス派に賭けるっス……」
「オレももちろんブス派!」
仲間が増えたジタンは大張り切り。
「なんだよ、じゃぁ、美人派は俺だけか?」
「待った!」
と、ルビィが突然割って入ってきた。
「うちも、賭けよかな」
「お前、興味ないって……」
「うちは、お姫さんが綺麗かどうかでギャーギャー言うとるあんたたちには興味ないねん。でも、賭けやったら興味ありありやもん」
「調子い……」
「なんか言うた、ブランク!」
ブランクはパチッと口を閉じた。
「うちは美人の方に賭けるで。勝負事はやっぱり大穴狙いや」
やる気満々のルビィは、そう言って不敵に笑った。
「アレクサンドリア公演が楽しみやね〜」
さて、それから三日後。
タンタラス団のアレクサンドリア公演がやってきた。
と言っても、子供たちは裏方の仕事を任されるのみで、舞台に上がることはないのだが。
「なぁ、見えるか?」
「う〜ん、ブラネが邪魔だぁ」
「俺も見たいっス!」
「オイラも!」
たった一人、村娘の役を貰ったルビィは、まだ舞台裏で直前のミーティング中。
少年四人は舞台袖から一生懸命ロイヤルシートを覗いた。
「あ、待った。あれか?」
「見えたっスか?」
「お! やっぱりそうだ、ヒャッホ〜!」
ブランクが一番にその姿を見つけ、嬉しそうに笑った。
「へ、俺の勝ちだな。ありゃぁ、噂通りの美人な姫様だぜ」
「げ〜、ウソだろ?」
ジタンとマーカスとシナも、袖からほとんど身を乗り出して、王女様の姿を探す。
「あ、いたっス!」
「ひょぇ〜、美人ずらね〜!」
「確かに可愛い……」
彼らが見たガーネット王女の姿は、父親の膝に抱かれ、上機嫌の彼女だった。
「あっちゃ〜、父親似かよぉ……」
「へぇ、姫様のお父さんって人は、カッコいいんっスね」
「そうだ、ブランク! オレはそんな情報知らなかったぞ! 賭は無効だ、無効!」
「へ、ダメだね。俺だってそんなこと知らなかったし。それに、一度賭けたからには、男に二言はない、だろ?」
「くっそ〜!」
その時、舞台裏からルビィが走ってきた。
「どうやった、お姫さん。綺麗やったやろ」
ルビィは、そんなことなど疾うに知っていた口振りで言う。
「へ? ルビィ、ガーネット王女見たことあったのか?」
「ないで」
「じゃぁ、何で……」
「あんな、ブラネ女王の旦那さんて人は、元騎士団の人間で、見目麗しきナイト、って有名やったんや。せやから、娘やったら父親似やろ、思たわけ」
「げ〜、なんかズルイ!」
「ズルイことないで。うちの勝ち、ってことや、ジタン」
ルビィはにっこり笑った。
「ほな、なんやったっけ? 掃除洗濯? 何や忘れたけど、頑張ってや!」
彼女はそう言うと、再び舞台裏へと戻っていき、代わりにバクーが現れた。
「おめぇら! そんなとこで何やってやがる! 客席から丸見えじゃねぇか!」
そんなわけで、賭けに負けたジタン以下三名はそれから一週間の掃除洗濯係と、勝ち組の二人にランチをおごり、レアカードを手放す羽目になりましたとさ。
めでたし、めでたし……?
「めでたくね――っ!!」
***
芝居がはねた後、ブラネ女王はタンタラス団と楽団の全員を城へ招待した。
「今日は素晴らしいお芝居を見せていただいて、本当に有り難う。主人も娘も、喜んでおりました」
ブラネ女王は二つ目の迎賓室に彼らを通し、豪華な夕餉を振る舞った。
「わたくしたちは、あちらで他のお客様とのご挨拶があるので失礼させていただきますが、どうぞゆっくりしてくださいね」
ブラネ女王は見目こそ美しいとは言えなかったが、心は綺麗な女性だという。
おもむろに、バクーが立ち上がった。
「このようなおもてなしをいただき、一同心より御礼申し上げます」
芝居がかった丁寧なお辞儀を贈ると、女王はにっこり微笑み、もう一室の迎賓室―――たぶん貴族たちが集っているのだろう―――へ去っていった。
子供タンタラスたちは部屋の片隅に寄り集まり、バクーに散々言われたとおり、行儀よくしていた。
ちなみに、バクーは子供たちに「少しでも行儀の悪ぃ真似したら、夕飯抜きで追ん出すからな!」と言っておいたのだった。
食い意地の張った子供たちを黙らせるには、これが一番なのだ。
女王がいなくなったと言っても、城の給仕や兵士が鋭い目で見張っている……とまでは言わないまでも、上客のアレクサンドリアを敵には回したくない。
子供連はかなり努力して行儀よく振る舞っていたが、とにかく、見たことも食べたこともない宮廷料理に苦戦を強いられていた。
ナイフとフォークを使うことすら、タンタラスでは稀なこと。
それでも、小さな子供がいると知った料理長が気を回してくれたことを彼らは知らない。
やがて、向こうの迎賓室から、二人の人影が近づいてきた。
なんと、ガーネット王女が父親に連れられてやって来たのだ。
「お食事中申し訳ない。娘がどうしても劇団の方にお会いしたいと言うもので」
「もちろん、構いませんとも。さぁさ、姫さま。どうぞこちらへ」
芝居で主だった役に就いていた団員たちのテーブルへと、バクーが案内する。
当の姫さまは目を輝かせて、椅子に腰掛けた。
「娘は芝居が好きでね。エイヴォン卿の『君の小鳥になりたい』という戯曲が大のお気に入りなんですよ」
「ほぉ、これはまた、姫さまはお目が高いですなぁ! あのお話の、どこの部分がお好きですかな、ガーネット姫さま?」
「お姫さまが恋人と逃げようと約束するところよ」
「それはまた、あのシーンは一番胸に迫りますからなぁ」
「ええ、とっても切なくて好きなのです」
この歳で「切ない」という言葉を使うのも、戯曲を読むせいらしかった。
「それでは、またアレクサンドリアにお呼びいただけるようなことがあったら、今度は『君の小鳥になりたい』を演じましょうか」
「本当?」
ガーネット姫は目をキラキラさせた。
「ええ、お約束でございますよ」
バクーはにっこり微笑んだ。
それから、彼女の父王とバクーは芝居について何か話し始め、手持ちぶさたになった王女は部屋をきょろきょろ見渡した。
もちろん、それまで彼女をじっと凝視していた一人の少年と目が合ってしまう。
「やべっ」
ジタンは小さく呟き、目を逸らした。
こともあろうか王女様と目が合い、更ににっこり微笑まれてしまったのだ。
ボスに見つかったら大目玉だ。
でも、何となく気になってもう一度ちらっと見る。
彼女はこちらを向いたまま、ひどく気落ちした表情をしていた。
まずい。
泣かしたりしたらもっと事だ!
ジタンはもう一度、王女と目を合わせる。
すると、がっかりした顔がまた、嬉しそうににっこり笑った。
……可愛い。
今度はなんだか恥ずかしくなって、ジタンは再び目線を逸らす。
でも、また泣きそうになっているかも知れないと、心配になって見てしまう。
彼女は追いかけっこでもしているような気分なのか、楽しそうに笑っていた。
「さて、それではそろそろ失礼しよう。ガーネット」
父王が立ち上がり、彼女を椅子から立ち上がらせた。
ガーネット姫はがっかりして、もう少し、とねだった。
「いけないよ、ガーネット。皆さんにご迷惑だからね」
「いえいえ、迷惑どころか嬉しゅうございますから、陛下」
バクーが言うと、ガーネット姫はますますねだるような目をする。
娘に弱い父王は、結局折れてしまった。
その頃には、劇団員も楽団員もみな食事を終わらせており、それじゃぁとばかりに楽団員たちが舞曲を奏で始めた。
と言っても、宮廷で行われる舞踏会で奏でるような曲とは違い、庶民に親しまれる輪舞である。
数人が軽やかなステップで踊り始めると、ガーネット姫はますます目を輝かせた。
しかし、子供タンタラスは真剣だ。
こう騒がしくなれば、あの相談が出来る。
そう、あの、今目の前にいるガーネット王女についての賭のことである。
彼らは隅っこの柱の影を陣取り、こそこそ相談を始めた。
「だからぁ、うちはカードはええし。それより食事当番代わって欲しいわぁ」
「そんな賭けしてないっスよ」
「勘弁して欲しいずら〜」
「あ、マーカス。おれさ、お前のガルガントのカード、貰うわ」
「え〜! 兄キ、ひどいっスよぉ!」
「賭けに負けたのが悪いんだろ? あと、ジタンの……あれ? ジタンは?」
「便所ずら」
「あ、そ。じゃ、こっちで勝手に決めちゃおうぜ」
一方、気が休まらなかったジタン少年は兵士に連れられて部屋へ戻ってきた。
「ありがとうございました」
と、行儀よくお辞儀すると、窓の側に座り込んだ。
はぁ、疲れた。
なんでこんなに疲れなきゃならないんだよ、オレが!
部屋の中央では、恐れ多くも国王まで誘って彼のボスや兄貴分、姉貴分たちが踊り興じていた。
ん?
ジタンはその光景を見た瞬間、何となく嫌な予感がしたのだった。
「あの……」
ふと見ると、なんとあのガーネット王女が側に立っていたのだ。
「う、うわっ!」
思わずびっくりして飛びす去るジタンを、彼女は楽しそうに笑って見ていた。
「あなたは、劇団の方なの?」
彼女はニコニコしながら、悪びれもしない様子で聞いてきた。
「へ? え、えっと、あ、はい、そうですが」
「面白いしゃべり方をするのね」
と言ってから、彼女の方がしまったという顔になる。
「いけない! トット先生に言われたのだったわ。王女は王女らしく、丁寧なしゃべり方をなさいって。でも、面倒くさいと思いません?」
「め、面倒くさいって……」
「すぐ忘れてしまうのよ。何か話そうと思ったら、言葉遣いまで気を付けるなんて無理だと思うわ」
彼女は口を尖らせて言った。そして、今度は目を輝かせる。
「ねぇ、お芝居、とても素敵だったわ。わたし、お芝居を見たのは初めてだったけれど」
ジタンはそれを知っていたが、何を言ったらいいのか戸惑って、結局黙ったままだった。
「でも、エイヴォン卿のお話が、わたしは一番好きよ」
「『君の小鳥になりたい』……?」
ジタンが呟くと、ガーネット姫は驚いたように目を見開いた。
「さっきの話、聞いてたから……」
「なんだ、そうだったの。あなたは読んだことある?」
「あらすじだけなら」
「あら、残念。素敵なのに。ねぇ、あなたはお芝居には出ないの?」
「もう少し大きくなったら出ると思うけど……じゃない、思いますけど」
王女はクスクス笑った。
「別にいいわよ。ねぇ、あなた、変わった髪の色をしてらっしゃるのね」
突然、ガーネット王女はジタンをじろじろと見定め始めた。
「それに、目の色も不思議。お生まれはリンドブルムなの?」
ジタンはふと押し黙ったきり、俯いたままになった。
王女は訝しがって彼をじっと見つめていたが、突然何かに思い当たり、慌てたように言った。
「ごめんなさい。人のことをあまり詮索してはダメだと先生に言われたのだったわ。うっかりしてた」
彼女は可愛く舌を出して見せたが、ジタンは俯いたきりで何も言わなかった。
「あの、気を悪くなさったのなら、謝りますわ」
ガーネット王女は困ったように言う。
ダメだ、こんなところで王女を困らせたとバレたら、ボスに大目玉……。
「ガーネット!」
その時、父王が彼女を迎えに来た。
「姿が見えないので驚いたではないか」
「あ、あの、ごめんなさい、お父さま」
「さぁ、もう向こうの方へ行かなくては。お母様が心配するよ」
父王は娘を抱き上げた。
「で、でも!」
「ガーネット、あんまりお父様を困らせないでおくれ。おや、君が、娘の相手をしてくれたのかな? どうもありがとう」
問答無用、父王は彼女を抱いたまま少年に声をかけると、さっさと歩いて行ってしまう。
去り際、ガーネット王女は必死に父親の肩から顔を出し、ジタンに言ったのだった。
「本当に、ごめんなさい」
ジタンは俯いたまま、首を横に振った。
その後、その様子を見ていないはずがない彼の悪友に散々からかわれたが、結局、何を話したかについて口を割ることはなかった。
そして、例の賭けの話になり、ブランクが勝手にあれやこれやと決定したことを話すと、ジタンは憤慨し、王女様と話したことなどすっかり忘れてしまったのだった。
そんな二人が再び出会うまでに、更に七年の月日が流れることとなる―――。
-Fin-
自分ではそれらしく書けたと思い込んでる一品です。
ちび姫とちびシーフの出会い。もろフィクション(笑)
このあとちび姫は自分の言動に注意するようになったそうです(笑)
自分のせいでちびシーフが傷ついたと思ったんですね〜。
2002.9.6
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