タンタラスの人間は、押し並べて「愛される」ことに不器用だ。
 団員の多くは親と生き別れたか死に別れたかしていたし、そもそも、愛したり愛されたりを簡単に出来るようなら、盗賊集団の一味に加わらなくとも真っ直ぐな道を歩んでいけるはずなのだった。
 それとも、どうにも不穏な世になった昨今では、真っ直ぐ生きることも難しくなったのだろうか?
 バクーはふと、そんな考えに陥った。
 そう。あの、金髪にシッポが特徴の子供は。
 単なる不器用というわけではなく―――まるで「愛される」ことを知らないようだった。
 ただの一度も、誰からも愛されたことがないような雰囲気を身に纏っていて、それどころか人が誰かを愛するという感情そのものを知らないようで。
 その表情が何よりも哀愁を呼んだ。生まれてこの方、まるで硝子張りの世界にでも閉じ込められて生きてきたのではないかと思わせるのだ。
 未だに、人を怖がった。
 青い目は、誰も信用しないと叫んでいた。
 ―――ただ、一人を除いて。









Tantalus' Panic! 1788    〜TEARS〜





<1>



「いいか、ジタン。コレがポーション。で、コレがエーテル。コレがフェニックスの尾で……」
「ふぇにっくす?」
「キゼツしたらコレを使うんだってさ」
「きぜつって、なぁに?」
「え〜っと……ねぇ、ボス。キゼツって何?」
「バカだな、おめぇは」
 椅子に座ったまま振り返れば、赤毛の少年の向こうで、金髪頭が怖がってびくりと震える。
 どうしたものかと、バクーは眉を寄せた。
「ねぇったら、ボス〜! キゼツって何?」
「あ〜、うるせぇな。いいか、気絶ってのはこういうことだ」
 立ち上がって近寄ると、その向こうでざざっと後退りして行く幼い少年。
 ここに来てからもう一週間も経つというのに、未だにそんな反応をする。
 バクーはわいのわいの騒いでいるブランクの襟首を引っつかんでぐるぐると振り回した。
 キャ―――っ、と歓声が上がる。
「あはは、バクー親分てば。それのどこが気絶なんだい?」
 ダイニングのテーブルでカードゲームに興じていた団員の一人が、その様子を見ながら笑い声を上げた。
 紅一点の彼女、名をマリアという。
「なんだよ、違うのかよ!」
 幾分目の回ったブランクは、床に下ろされてから頬を膨らませた。
「へ、おめぇには気絶する修羅場なんざお目にかかる機会もねぇよ、安心しな」
 と毒づくと、用事を思い出したらしくバクーは階段を昇って自分の部屋へ行ってしまった。
「む〜っ! そんなに笑うなよな、マリア!」
 収まらない怒りの矛先は憤然と、ケラケラ笑う姉貴分に向かう。
「生意気言うんじゃないよ。オシメ換えてやったのはどこの誰だと思ってるんだい?」
「―――っ!」
 ……これを言われると、ブランクは弱い。
 赤ん坊の時に拾われたのが運のつき。
 自分が覚えていない数々の失態を、この姉貴分はことあるごとに披露してくれるのだ。
 そして、極めつけは、これ―――オシメ。
「ちぇ、年寄りだからってえばりやがって!」
「へ〜。じゃぁ、あんたがバケツに落っこちて泣き喚いた時の話をしてやろうか?」
 かぁぁっ!
「おや、いっちょ前に赤くなって。可愛いねぇ」
 ―――!
 思わず、茶色い目に悔し涙が滲みかけた時。
「おい、マリア。そんくらいにしてやれや」
 と、いつも止めに入ってくれるのは、優しい兄貴分のアンディ。
「はいはい。おいで、ブランク。仲直りしよう」
「やだ!」
「あららぁ、意地っ張りになったもんだわ」
「マリアがイジメ過ぎたんでないの?」
 とジョイ。
 ちょっと変わった雰囲気の兄貴分だ。
「どうしよう、捻くれて育ってくれちゃったら!」
「間違いなくお前のせいだな、マリア」
 と笑うのは、フィル。一番年上の兄貴分。古株で、誰も頭が上がらないらしい。
「こ〜ら。なに人の顔じろじろ見てるんだい、あんたは」
 マリアが席を立って向かった先は、金髪の少年、ジタン。
 彼はビクっと肩を震わせ、部屋の隅っこ、壁際へ逃げようとする。
「ダーメ、マリア!」
 ブランクが両手をいっぱいに広げて阻止した。
「なんでさ。……はっは〜ん。あんた、独り占めしたいんだろ?」
「違うよ!」
「弟分が出来て嬉しいんだろ? 今まで一番ちっこくていっつもいじめられてたもんねぇ、ブランクは」
 ぽんぽん、と頭を叩かれ、ブンブン頭を振る。
「やめろよぉ!」
 ガタン!
 壁際ギリギリまで逃げていたジタンが、ついに扉を開けて駆け出していった。
「あ、ジタン!」
 ブランクが慌てて後を追いかける。
 その背中を見送り、マリアは深刻な表情で溜め息を吐いた。
「……ぜんぜんダメだね、あの子」
「警戒心アリアリだよな」
 と、アンディ。
「バクー兄はさ、ジタンのことブランクに任せたみたいだぜ。子供は子供同士、上手くやっていけるだろうってさ」
 フィルが言うと。
「でも、共同生活するのにあのままだったら困るじゃん?」
 ジョイが言う。言いながら、カードを切った。
「はい、俺の勝ち」
「ああぁぁぁ!」
「アンディ、また負けたの?」
「お前は詰めが甘いんだよな、いつも」
「優しいだけが取り柄です〜、ってね」
「マリア……お前、もうちょっと歯に衣着せたらどうだ?」
 アンディが恨みがましくマリアを見ると。
「やなこった」
 と、彼女はひらひら手を振って居間を出て行く。
「お前さ、あいつあんま構うなよ。バクー兄がそうと決めたんだからな」
 フィルが釘を刺し、わかったわかった、と彼女は頷いた。






NEXT        Novels        TOP