<2>



 ジタンがブランク以外誰も受け付けないので。
 アンディが変わり者のジョイの部屋に移ったことで子供部屋となったその部屋の前を、バクーが通りかかると。
 ドカドカと何やら音がする。
「こら! 暴れるんじゃねぇぞ!」
 と、ドアを開ければ。
「ボス―――!」
 茶色い頭が飛び出してきた。
「どうした?」
「ジタン、また熱があるみたいなんだけど……」
 部屋に入って二段ベッドの上を覗き込むと、壁の方を向いたままガチガチに緊張している少年。
 やっと今朝方熱が引いたばかりだというのに。
「大丈夫か、ジタン」
 返事があるわけもないが、一応聞いてみる。
 もう、三度目だ。
 いくら子供でも、一週間に三度も原因不明の発熱はおかしい。
「バクー親分、どうしたの?」
 開いていた戸口から、マリアが顔を出した。
「また熱出しやがったらしい」
「あらら」
 ドアの隙間を押して、彼女は部屋へと入った。
「何だろうねぇ。いちいち雑菌に反応するってことは、この子、抗菌状態ででも育ったのかな」
「んな、実験みてぇなこと言うな、気味悪ぃ」
「―――うん。まぁ、ただの風邪ならいいんだけどね」
 と呟いて、不安げに見上げる赤毛の少年に尋ねる。
「どれくらい熱かった?」
「う〜んと……」
「すごく? 少し?」
「……わかんない」
 ―――それはそうだろう。
 七歳の少年にそんなことを判断させるのは酷だ、と、マリアは溜め息をついた。
「いいよ、ブランク。あんたのせいじゃないんだから」
 しょんぼり項垂れた少年の頭を撫でると、「いい薬がないか、ちょっとフィルに聞いてくる」と、マリアは出て行った。
 フィルとマリアは独学で医学を勉強している。もちろん、フィルの方が数段先を行っていた、が。






「―――はぁ」
 夕暮れの空に溜め息を一つ。
「どした、マリア」
 アンディが尋ねる。
「う〜ん、なかなか上手くいかないんだよね」
「ジタンか?」
「そ。薬も飲まないわご飯も食べないわ、怖がるからちゃんと治療も出来ないわ……」
「そりゃま、そうだろうな」
「フィルは忙しくて付き合っちゃくれないし、あ〜、でも。そんなことはいいんだけどさ」
「なんだ?」
「……笑ってくれとは言わないからさ、せめて泣いてくれるといいんだけど、って」
 ぽそ、っと飛び出た呟きに、アンディが目を丸くした。
「どういう意味?」
 鈍感、と目で叱責するマリア。
「わかんない? 感情がさっぱり表に出ないわけ。今のところ、こいつは無害、こいつは有害しかあの子の感情出てないわけ。―――まぁ、実際ちゃんと感情があるのかもわかんないけどさ」
「ないこともあんのか?」
「ん〜。本で読んだところじゃ、親に酷い目に合わされた子で、そういう子がいたみたいだけど」
「ジタンもそうなのかな」
「さぁ……。それらしい兆候はないけどね―――どっちかと言ったら」
 ガラスケースの中で他との交流を遮断されて育った感じ、とマリアは言った。
「あたしらじゃ、ほとんど何にもしてやれないさ、今のままじゃ」
「―――かもな」
「せめて泣いてくれたらなぁ……」
 マリアは、時計台からもう一度、夕焼けの空を見上げた。






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