<3>
結局ジタンの熱が下がったのは二日後の夕方頃になり、満足に治療できなかったマリアはかなりイライラしていた。
フィルが散々窘めたが、まだブツブツ言いながら氷枕を戸棚に仕舞っている。
ブランクは、自分が責められているのではないかと思って居たたまれなかった。
「おう、ジタンはどうした」
と、居酒屋帰りのバクー。
タンタラスを卒業した一期生―――つまりはバクーと同期ということになる―――の経営する店が駅前通りにあり、アジトで何かが起こると、彼女に意見を聞こうと彼はちょくちょく出掛けるのだ。
「熱なら下がったけど」
不機嫌そうにマリアが答えた。
「バクー親分、このままじゃあの子、弱る一方だと思うよ。熱が出ると食べ物もろくに入らないみたいだし。ちゃんとそれ専門の所に預けてやった方がいいよ」
「うーむ、そうは言ってもな。教会も孤児で芋洗いだしよ」
「せめて精神面のケアが出来るような所じゃないとさ、あたしらじゃ限界だって」
マリアの言葉に、フィルが黙って肯いた。
すると。
「ジタン、どっかやっちゃうの!?」
座っていた椅子から飛び降り、ブランクが叫んだ。
「ジタンにとってはその方がいいんだよ」
と、アンディが説明しようとするが。
「やだ!」
頑なに頭を振った。
「けどな。俺たちで面倒見るには小さすぎるし、ほら、あいつはいろいろ傷を抱えてるみたいだろう? だから、教会とか、そういう所の方がジタンは元気になれるんだよ」
「いやだ〜〜っ!」
「我が侭言わないの! しょうがないだろう? あたしたちは専門家じゃないんだから」
「やだ〜っ!」
ぶんぶん頭を振る。
「ジタンはタンタラスに入るの! ここにいるんだもん!」
「……あのねぇ、ブランク。あんたの気持ちもわかるけどさ。このまんまじゃジタン死んじゃうの。ジタンが死んじゃったらあんたもいやだろう?」
途端、少年は恐怖に駆られて静かになった。
「だから、あんたも我が侭言わないで。ジタンのために、ちょっとぐらい寂しいのは我慢しな」
屈み込んで自分を見つめるマリアに、ブランクは泣き出しそうな目をしたまま、小さく頷いた。
「よし、いい子だ」
カタン。
階段の方で微かな物音がして。
「どした? 今、何話してたんだ?」
ジョイが居間へ入ってきた。
「ジタン、呆然とした顔してすんごい勢いで部屋に走ってったけど?」
「え……?」
瞬間、全員顔を見合わせた。
「ヤバイ、あたしこのままじゃ死ぬとか言っちゃったよ」
マリアは一瞬、自分の口に手を当て、
「ちょっと行ってくる」
と、出て行った。
数瞬後、他の全員もその後を追った。
部屋の隅に蹲って震える少年。
「ジタン、ごめんごめん。大丈夫、あんたは死んだりしないからね」
マリアが近づいても、蹲ったままで逃げようとしない。
おや?
と彼女は首を傾げた。
「どうした? 寒いかい?」
肩を抱き寄せて顔を覗き込むと。
なんと、青い目は涙でいっぱいになっていた。
「―――!」
おやまぁ、と、彼女は驚愕の吐息を漏らした。
「そんなに心配になったのかい? あれはそのさ、ブランクを言い含めるための嘘だよ、うん。心配しなくてもあんたは大丈夫さ」
しかし、少年は小さく首を横に振り。
「―――ない」
小声で何かを呟く。
「ん? なんだい?」
「……どこにも、行きたくない」
「え?」
「ここに、いたい」
追いついた他のメンツがどうしたかと顔を出す。
マリアが困惑した顔で、彼らを見た。
「どうした?」
「―――ここにいたいってさ」
「へ?」
ぎゅっとしがみついて泣いているジタンを抱き上げ、マリアはもう一度言った。
「どこにも行きたくない、ここにいたい、だってさ」
「……泣いたのか?」
アンディに問われ、マリアは神妙な顔で頷いた。
「どうする、バクー親分?」
「そうだなぁ……」
「ボス!」
必死に袖を引っ張る赤毛の少年を見下ろし。
―――こいつがこんなに必死になるとはな。
と、人知れず心の内で思う。
何事にもあまり拘らず、誰に対してもあまり心を開かず。
……そんなところが、共鳴し合うのかも知れない。
「まぁ、もう少し様子見てみるか」
バクーが観念したように言うと、涙の滲んだ褐色の目で「本当?」と見上げてくる。
その少年の頭をわしわしと撫でると、「俺の言うことが信用できないのか?」と笑った。
頭を振り、はちきれんばかりの笑顔になると、ブランクはダッとジタンに駆け寄る。
「よかったな! ずっとここにいていいってさ!」
泣き濡れた顔を上げ、ジタンもブランクを見る。
「ずっと……?」
「そうだよ、ず〜っと!」
「そこまで言ってねぇだろうが。大体、タンタラスは一人前になったら出て行くのが掟だからな」
「そんなの、ずっと先の話だもん」
と、口を尖らせ。
「ジタンと俺は、これからず〜っとず〜〜っと、仲間なんだ!」
彼は、両手を広げて宣言した。
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