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「どう? 気に入らない?」
 マリアは、黒いワンピースに白いレースやフリルをふんだんにあしらった魔女の衣装を当てながら、ルビィに尋ねた。
「そんなことないけど……」
 実際、彼女の作る服はどれも手が込んでいて、着る人によく合うように考慮を尽くしてあるのだ。だから、その衣装もルビィの好みなように作ってあった。
「うち、ハロウィーンはしたことないねん」
 衣装を着せ付けられながら、ルビィは不安気に言った。
「あら、そうなの?」
 マリアはニコニコしながら立ち上がった。
「大丈夫よ、あの子たちについていけばいいんだから」
 そして、彼女はブランクを呼んだ。ドラキュラの格好をして仲間たちと談笑していた少年は、呼び声に振り向いた。
「何?」
「ちょっとおいで」
 ルビィの背中を押し、側まで歩かせる。
 そう、この計画は、まだタンタラスにも同じ年頃の男の子たちにも馴染めていない新入りの少女のために、どうしても必要なのだった。
 どこか大人の顔色を伺いながら生きている節のある少女には、仲間と呼べる相手が必要だろう。
「ルビィのこと、ちゃんと連れてってあげてよ」
 ブランクはじっとルビィを見た。
「まだ街にも慣れてないだろうし、どこかで置いてけぼりにしないのよ」
「わかってるよ」
 彼は幾分うんざりしたように言った。それで、ルビィは自分がお荷物になるのかと、余計に憂鬱になった。
 しかし、こんなに豪華な衣装を作ってもらっておいて、今更行かないとも言い出せない。タンタラスの大人たちに悪く思われて追い出されては、居場所のない自分は路頭に迷うしかないのだ。
「行こうぜ」
 ブランクはアジトの入り口の方へ軽く顎をしゃくって促した。
 ルビィは、居心地の悪そうな顔で頷いた。


「Trick or Treat! お菓子をくれなきゃ悪戯するぞー!」
 と、一番張り切っているのは、お古のデビル、ジタン。
「くれてやったって悪戯するじゃねぇか、おめぇは」
 と、バクーが笑った。
「早くお菓子! ボス!」
「うちの分は帰ってきてからやるよ」
「ちぇーっ」
 彼は唇を尖らせて文句を言ったが、「出発するぞ」と声がかかったので、文字通り飛んでいってしまった。
 子供たちが出かけた後、大人の団員たちが密かに顔を見合わせてほくそ笑んだのを、彼らは知らなかった。



***



「ちぇ、あそこのオバサン、ケチ臭。あめ玉三つなんて、今時子供だって喜ばないぜ」
 と、自分だってまだまだ当分子供なジタンが文句を言った。
「余所の人のこと、そんな風に言うんは良うないと思うけど」
 ルビィはつい、そう注意した。
 タンタラスに来てから、ルビィには驚くことばかりが起こった。その一つには、彼らの口の悪さも入っていた。
 せめてこの一番小さな少年くらいはまともな話し方をしてくれたらいいと、彼女はそう思っていた。
「うーるせぇ! マリアみたいなこと言うなよ」
 と、ジタンはあっかんべぇをして逃げていった。
 やっぱり言わなければ良かった。ルビィはそう思って、小さく溜め息をついた。人懐っこい少年はルビィにとって一番親しみやすかっただけに、嫌われたくはなかった。
 俯いていた顔を少しだけ上げると、ブランクがこちらを見ていた。
「見張らんでも、ちゃんとついてくで」
 彼は何か言おうとして口を開けかけて、また閉じてしまった。
「何よ。新入りがいい子ぶりっ子したから、気に入らんわけ」
「そんなこと言ってないだろ」
 ブランクは不機嫌そうな声で言った。
「わかっとるよ、うちが邪魔者なんは。せやけど、タンタラスではハロウィーンせないかんらしいし、うちはこの街には詳しないから、あんたたちについていかな仕方ないねん」
 再び何か言いかけて、ブランクはまた口を閉じた。
「何やの。言いたいことがあったら、言うたらええやん」
「……別に」
 ブランクは酷く不機嫌そうな表情になっていた。
 その顔を見て、ルビィもまた黙り込んだ。
 タンタラスで上手くやっていく自信は、日に日に小さく萎んでいた。それでも、ルビィは気を強く持とうと努力した。
 泣き言を言っても、帰る家などないのだ。
「げ、何だあれ」
 数メートル先を歩いていたジタンが、立ち止まってぎょっとした声を上げた。
 なんだなんだと、他の子供たちも走って追いつく。


 かくして、そこにあったはずのアジトはなくなっていた。


 ―――いや、正確には、アジトであったはずの建物が、全く違う建物にすり替わっていたのだ。

 陽気なレンガ立ての建物があったその場所には、今は白い壁の寒々とした建物が鎮座していた。オールオープンだったはずの戸口には黒くて重たい緞帳のような布がかけられ、そこから、お菓子を求めて入り込んだのだろう少女が二人飛び出してきた。
 二人とも顔を真っ青にして震えている。「怖い」だのなんだのと叫びながら、彼女たちは走り去ってしまった。
「……どういうことだよ」
 ブランクが呟いた。
 満月の下、チクタクと時を刻む時計塔が、常になく不気味に見える。
「なんか書いてあるっス」
 マーカスが戸口の張り紙を覗き込んだ。
 そこには、こう書いてあった。



よく来たな、モンスターども。ここは今日から魔王の館だ。

さぁ、お菓子が欲しいなんていう勇気あるモンスターは、我に挑戦するが良い。

ただし、我の館には様々な魔物が巣食っている。

幽霊もいる。吸血鬼もいる。人食い鬼もいる。

一つ忠告しておくが、やつらは決してお前たちに容赦はしないだろう。




「……」
 全員、呆然としてその張り紙を見つめた。
 魔王の館? 魔物たち? 一体どうなんているんだ?
「バカらしい」
 ブランクが一番にそう言った。
「大方、ボスたちの悪戯だぜ」
「で、でも本当だったら?」
 ジタンが震える声で対抗した。
「ボスたちはきっと、人食い鬼に食われたんだ!」
 そうと言われれば、それを否定できるだけの証拠もなかった。毎日暮らしているアジトは現に全く別の建物になっていて―――それも彼らが近所にお菓子を貰いに行った間に、である。魔法ではないと言い切ることもできなかった。
「助けに行った方がいいんじゃないっスか? 誰か捕まってるかもしれないっス」
「昔読んだ本に、人食い鬼は太らせてから食べるんやって書いてあったけど」
 と、ルビィが思い出したように呟いた。
「なら、みんなまだ中に捕まってるかもしれないずら」
 シナが神妙な声で言う。
「……ボスは元から太ってるから、もう食われたかもな」
 ブランクは、呆れた響きを込めてそう言った。
「とにかく、中に入ろうぜ」
「イヤだ!」
 ジタンが速攻で抵抗した。
「怖い! 絶対ムリ!!」
「バカか、お前は。こんなのはな、ボスたちがお化け屋敷ごっこでもして、俺たちをからかって遊ぼうとしてるだけなんだよ」
「違う! 絶対違うもん!」
「そんなことしてる間に、ボスも姉さんもみんな食われちゃうっスよ〜」
 マーカスがおろおろと忠告する。
「なら、お前はここで待ってろよ」
「一人で?!」
 ジタンは、それはもっとイヤだという声で叫んだ。
「ルビィと待ってりゃいいだろ」
「なんで? うちは一緒に行くで」
 今度はルビィがブランクに噛み付く番だった。
「あんた、うちが女やからって馬鹿にしとるん?」
「そういうわけじゃ……」
「なら、文句ないやろ。うちは行くで」
 本当はお化け屋敷など怖くてたまらないけれど、ルビィは持ち前の負けん気で、一歩も引かなかった。
「お、俺、残ってもいいっスよ」
 不意に、マーカスがおずおずと小声で手を挙げた。
「あ、今おいらが言おうとしたずら! ずるいずら、マーカス!」
「じゃぁ、三人で残ろう!」
 ジタンは一人でも多いほうが怖くないので、熱心に勧めている。
 しかし、三人残るとなると、ブランクはこのガミガミうるさい新入り女と二人になってしまう。それは厄介だし、何より二人だけというのはどことなく心許なかった。
「面倒くせぇ、全員で行くぞ」
 ブランクはあんまりバカらしいので、さっさとそう決めてしまった。
 早いとこボスでも誰でもとっ捕まえて、こんな馬鹿げたことは止めさせればいいのだ、と。


 しかし、彼が思ったほど、それは簡単なことではなかったのだ。何しろ、彼らもそれなりには訓練された「プロ」だったのだから。







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