Tantalus' Panic! 1788 〜Whereabouts〜
<1>
「サンタクロースってなぁに?」
青い大きな瞳を好奇心に輝かせて、小さな男の子はそう尋ねた。
「おや、どこでそんな名前を聞いてきたんだい?」
と、大好きなその人は、柔らかな手で頭を撫でてくれるのだった。
「名前なの?」
「そう、人の名前よ」
「どんな人?」
「クリスマスの夜になると、世界中の良い子たちにプレゼントを配ってくれる人」
「プレゼント?」
ジタンはきょとんして、首を傾げた。
「欲しいものを何でも一つだけくれるのさ」
「欲しい、もの……?」
ジタンが今までに覚えたもので、特別に欲しいものはあまり多くなかった。
マリアが毎日くれるおやつのビスケットは大好きだったし、ブランクが教えてくれたカードゲームもお気に入りだった……ちょっとだけルールが難しかったけれど。夜寝る前にアンディが読んでくれる絵本はどれも面白かったし、ジョイがコレクションしている小さな兵隊のフィギュアは興味深かった。
でも、ジタンが欲しいと思うものは、大概誰かがくれるものだった。だから、そんな顔も知らない人にお願いしてまで、持ってきてもらいたいものなんて何もなかったのだ。
「あ、ブランク。もー、あんたでしょ、ジタンにサンタクロースなんて教えたのは」
居間に入ってきた赤毛の少年に、ジタンを抱っこしたままマリアがそう言った。
「……二街区の奴らがからかったんだもん」
ブランクの声は聞こえないくらい小さかった。
「からかわれたの?」
マリアが手招きすると、ブランクは大人しく側へ寄った。
「なんて言われたの」
「……もういい」
「ブランク」
小さく溜め息を吐いて、マリアは縺れた赤毛を少し荒っぽく撫でた。ブランクはされるがまま黙っていた。
「ブランクは、サンタクロースって人と会ったことあるの?」
膝の上のジタンが、会話が途切れたのを見計らってそう訊いた。
「オレ、欲しいものなんてないけど、どうすればいい?」
「タンタラスにはサンタなんて来ないよ」
ブランクはぶっきら棒にそう言って、マリアの手を払った。
「あら、去年だって来たじゃない」
「……あんなの嘘っぱちだもん」
「ふぅん?」
マリアの目は面白がってブランクを見つめた。
「親がいない子には、サンタなんて来ないんだ」
「へぇ、そうなのかい?」
「……って、二街区の奴らが言ってた」
「で、あんたはそれを素直に信じたんだ?」
ブランクははっとなってマリアを見た。マリアはニヤニヤと厭味な笑みを浮かべている。
「だ、だって!」
思わずカッとなって、ブランクは耳まで真っ赤になった。
「だって……」
次の言葉が出てこなくて、口をキッと結んだまま黙ってしまった。
―――だって、親がいなかったらサンタなんて来ないんだよ。俺、知ってるもん。
「じゃぁ、サンタクロースって人はここには来ないの?」
ジタンは意味がわからないまま、訝しげにマリアを見上げた。
「来るわよ、ちゃんと。イイコにしてればね」
俯いたまま黙り込んでいるブランクの頭をもう一度撫でると、マリアはジタンを床へ降ろした。
「さぁ、もう遅いから、そろそろ寝ようね」
ブランクが初めて「サンタクロース」というおじいさんがいるらしいと知ったのは、まだ本当に小さかった頃だった。
「うちにも来る?」
と、一心に尋ねたおちびさんに、養い親の男は笑いながらこう答えたのだった。
「そりゃ来るともさ!」
その年のクリスマス、ブランクは他の友達と同じように、大きなプレゼントをもらった。
しかし、それを見た友達の一人が、そんなはずはないのだと言い張った。
「親のない子にサンタさんなんて来ないんだよ」
「どうして?」
ブランクが目を丸くすると、三つ年上だったその子は、得意そうに鼻を上に向けた。
「だって、サンタさんってお父さんとお母さんに頼まれて来るんだもん」
ブランクはびっくりして、アジトに帰って一番にマリアを捕まえて訊いた。サンタさんに来てくれるように誰か頼んだの?
マリアはそうとは知らずに、
「誰も頼んでないけど」
と、そう答えた。それで、ブランクは混乱した。
「サンタクロースは頼まなくたって、良い子がいたら来てくれるのよ」
マリアはそう付け加えた。
「良い子が『これが欲しい!』って言ったら、サンタはそれをアンテナでキャッチして持ってきてくれるのさ」
それを聞いていたジョイがわはは、と笑った。
「えらいハイテクなサンタだな!!」
ブランクが次の日友達にそう教えたら、「そんなの嘘っぱちだ」と一蹴された。それで、ブランクはマリアが嘘をついたのだと考えた。
きっと、誰にも愛されていない自分のために、マリアが嘘をついたんだ。
サンタクロースなんて来なければいいと思ったのに、次の年も、その次も、サンタは必ずプレゼントを置いていった。
***
「で、ブランクは何が欲しいの?」
ジタンに布団を掛けながら、マリアはそう尋ねた。
「……もういい、何もいらないから」
「おや」
小さな男の子を完全に毛布でくるんでしまうと、マリアはひょいっとベッドの下の段を覗き込んだ。
「随分遠慮深いじゃないさ」
からかうような口調だったけれど、はしばみ色の目の奥に、ちらりと不安そうな光が宿っていた。
何となく居心地が悪くて、ブランクは寝返りを打った。
「ホントに何もいらない」
「あら、そ」
マリアはあっさりと引いたので、ブランクは何だか身の置き場のないような気分に陥った。
「ジタンはどうするの?」
「欲しいものなんてわかんないもん」
じっとやり取りを聞いていたジタンは、小さな声でそう答えた。
「そうね」
優しい声だった。
「ゆっくり考えたっていいのよ」
「うん」
ジタンは素直に頷いた。
前は自分にだってもっと優しかった、と、ブランクは思った。
バクーは元から荒っぽくて、でも暖かだったし、フィルはどこか遠い存在だった。ジョイはずっとちょっとおかしいまんまだし、アンディは相変わらず面倒を見てくれた、けど。
マリアはブランクが大きくなればなるほど、前みたいに優しく話しかけたり、心配したりしなくなった。
ジタンが来るまではそのことにちっとも気付かなかったけれど、ジタンが来て、みんなに甘やかされているのを見ていたら、急に不満が湧いてきた。
マリアはジタンの方が好きなのに違いない、とブランクは思った。きっと自分が生意気なことを言ったり、悪戯をして困らせたりするせいなのだ。
急に寂しくなって、枕に顔を埋めて溜め息を吐いた。不安だった。お前なんて要らないから出て行け、と、いつか言われるのではないだろうか。
明日からはちゃんとお手伝いもして、言いつけも守って、良い子にならなければ。ブランクはそう決めて、やっと眠る気になった。
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