<2>
皿洗いと、玄関前の掃除と、お使いと、風呂掃除と、洗濯も手伝った。好き嫌いも言わずにご飯も食べたし、悪戯も我慢した。
マリアは「どうした風の吹き回し?」と目を瞠って、「熱でもあるの?」とおでこに手を当てたけれど、熱は至って平常どおりだった。
「ははーん、わかった。あんたサンタに欲しいものおねだりするんでしょう?」
マリアはニッと笑ってそう言った。
「……違う」
「意地張らないのよ? 何が欲しいの?」
ブランクは俯いて押し黙った。
欲しいもの、は、一つしかない。
でも、それをどうやって伝えればいいのか、ブランクにはその術がわからなかった。
「レアカード?」
小さく頭を振る。
「じゃぁ、兵隊さんのフィギュア?」
小さく頭を振る。
「うーん、短剣のオモチャかな?」
ブランクはキッと顔を上げた。
「何も要らないって言っただろ!」
自分の出せる声で一番大きな声を出して、そう叫んだ。
マリアは僅かに目を見開いただけだったけれど、その膝の上のジタンがびくっと背を震わせて、わーと泣き出した。
「ブランク、なんて声出すの? ジタンがビックリしたじゃない」
よしよし、と金髪頭を撫でながら、優しく背中を叩いてやる。
「怖くない、大丈夫よ」
しかし、ジタンはブランクの感情を読み取ったのか、まるで彼の代わりとでも言うようにわあわあと泣き続けた。
マリアがジタンを抱き上げて、あやすように小さな体を揺するのを、ブランクはじっと見ていた。
どうしようもなく不安な気持ちが膨れ上がってきて、ブランクは踵で床を蹴ると、部屋を飛び出した。子供部屋へ戻って、ベッドに潜り込むと頭から布団を引っかぶった。
いつも、思い出すのはその日のことだった。
小さな雪の破片が、空からふわりふわりと落ちていた。
その時の絶望感はずっと心に棲み付いていて、時々訳もなく不安になった。
明日になっても、今日と同じようにいられるのかわからない。毎日毎日、そのことばかりが不安だった。
そして、今や本当に同じではいられなくなってしまったのだ。
小さなジタンみたいに抱っこして欲しいわけじゃない。
いい子にしてることを褒めて欲しいわけでもない。
ずっとここにいていいんだよ、と、言葉でもらっても意味がなかった。
―――じゃぁ、どうして欲しいんだろ。
ドアが軽く軋んで、人の気配が入り込んできた。マリアがジタンを寝かせに来たんだろうか。
最近ではマリアがブランクを毛布に包んでくれることもなかったし、おやすみ、と頭を撫でてくれることもなかった。
それでもブランクは、何となく寝た振りを続けた。
誰かが覗き込んでいるのがわかって、緊張してまぶたがピクピク震えたのが自分でもわかった。
絶対にバレた。そう思ったのに、ふわりと手が伸びて、肌蹴かけていた布団を掛け直してくれた。
思わず目を開けたら、マリアが笑いながら毛布を引っ張っていた。
「なーにタヌキしてるの」
彼女はクスクスと笑った。
布団をしっかり掛けてしまうと、マリアはよいしょとベッドに腰を降ろして、ブランクの方へ屈み込んだ。
「あんた、ジタンにあたしを取られたんで焼きもちしてるんでしょ」
「え?」
ブランクは褐色の目を目一杯広げて、次に真っ赤になった。
「ち、ち違うよ!」
「あらそ?」
マリアはまたクスクス笑った。
「ねぇ、ブランク」
笑いながら、その無造作に伸びた赤毛を右手で撫で付けた。
「もっと甘えていいんだよ」
急にそんな風に言われて、驚いたブランクは思わず目を見開いた。
「我がまま言ったって、誰もあんたを追い出したりしない。あんたは胸を張ってここにいればいいのよ」
たぶん、一番欲しかったのは言葉じゃなくて。
「ここが、あんたの家なんだからさ」
一番欲しかったのは、確信、だった。
そこにいていいのだという、確かな実感。
ブランクは数回瞬きを繰り返してから、泣きそうになって布団に潜り込んだ。
マリアはまた笑っていた。
何だか優しい笑い声だった。
***
「あのね、マリア! 目が冷めたら、プレゼントが置いてあったんだよ!」
と、金髪の小さな男の子は、まるで転がるように居間へ降りてきた。
「あら、よかったじゃない」
大好きなその人は、にっこりと微笑んだ。そして、男の子の後ろで戸惑った顔をしている、赤毛の少年を見た。
「で、ブランクは何をもらったの?」
「……どうしよう」
ボス! と叫んで、彼は養い親の男を探しに行った。
やがて、
「おめぇもタンタラス団の一員と認められた証拠だな!」
ガハハ、と笑う大きな声が聞こえたのだった。
「ねぇ、ブランクは何をもらったの?」
不思議そうに見上げるジタンに、マリアはにっこり笑いかけた。
「盗賊の魂さ」
「魂?」
「そう。一生手放せない宝物よ」
ブランクー! と呼ばれ、彼は顔を上げた。
リンドブルムにしては寒い冬の午後で、街は冬の一大イベントに賑わって浮かれていた。
金髪の少年は街の浮かれ具合に負けないほど有頂天になっていて、遠くから駆け寄ってくるのを眺めながら、人知れず溜め息を吐く。
あの無防備さは一体どこからくるのだろう、と。
「なぁなぁ、聞けよ」
「その前にそのにやけきった顔をどうにかしろ」
えへへ、と笑ってから、ジタンは「とにかくビッグニュースだぜ!」と息巻いた。
「どうせまたどこぞの店の売り子に熱でも上げてんだろうが」
「違うって。なんと次の仕事が決まったんだ!」
へぇ、と目をやると、ジタンは少し身を屈めて、小声になった。
「なんと、今度の仕事は女の子の誘拐だ」
「……なんだそりゃ。うちの仕事じゃないだろ」
「女の子は女の子でも、特別な子なんだよ」
ジタンに「特別な」女の子という感覚があるとは驚きだ。どれもみんな同じと思っていそうなもんなのに。
ブランクは目だけで「それで?」と問いかけた。
「今回のターゲットはな、なんとアレクサンドリアのブラネ女王だ!」
張り切って告げた声は思わず大きくなっていた上に、何かが大きく間違っていた。
ブランクの目が色んな意味で点になる。
「……確かに特別そうだな」
「なんだよお前〜、そこは笑うとこだ――ちょ、待てってブランク!」
追いかけて来るジタンを振り切るように、彼は石畳の道を足早に通り過ぎた。
家へ帰ったら、仕事に備えてまた剣の手入れをしておかなけりゃ、と考えながら。
-Fin-
おぉぉ、ギリギリ間に合った(^^;) ということで、2007年クリスマス小説のUPです♪
2世のクリスマス話は色々書いたんですが、1世は意外と書いていなかったので、
今回はタンパニで書いてみました。
軽く反抗期というか赤ちゃん返りというかなブランクお兄ちゃんのお話でした(笑)
タンパニに付き物となっているマリア姉さんですが、この方については実は
かなり細かい設定があります。たぶん彼女だけで話一つ分くらいは書ける感じで。
オリジナルなのであまり出したくないのですが、どうしても母性的な描写をしようとすると
彼女なしには語れなくなってます…どうにも気に入らない方はすみません(_ _;)
なんかこう、バクーじゃ絵にならねぇです(爆)
次のクリスマス物は何がいいかなぁ…まだ書いてないところで、
もうちょっと進んだ1世タンタラスとか?
あれ、書いてなかったっけ?(爆)←もはや自分の作品の記憶があやふや;
2007.12.24
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